2024年3月21日木曜日

ナイアガラ・レコード その他の楽曲(〜2013)のバージョン違い

『EACH TIME』40周年の日がやってまいりました。といっても『EACH TIME』の記事は過去にアップしていました(ついに一周してしまいました)ので、ストリングスバージョン等不足していたあたりを追記・更新しています。40周年Voxについてはいつものようにゆっくり聴いてから追記します。

で、一周したのですがこれまでの記事で漏れている曲がいくらかありますので、今回はその辺をアラカルトで網羅したいと思います。そんなに量がなかったので、よかったです(?)。



●夢で逢えたら(ナイアガラから出ている、シリア・ポール以外のバージョンのみでご勘弁を)

◆Version A … 井上鑑によるストリングス・インスト・バージョン
NIAGARA SONG BOOK 1982
NIAGARA SONG BOOK 1991/1997
NIAGARA SONG BOOK 2013
NIAGARA SONG BOOK in NIAGARA CD BOOK II 2014
NIAGARA SONG BOOK & NIAGARA SONG BOOK 2 in COMPLETE NIAGARA SONG BOOK

◆Version B … Version Aの前に前奏がつき、1コーラス多いフル・バージョン
B-EACH TIME L-ONG 1985
B-EACH TIME L-ONG 1989
B-EACH TIME L-ONG 1991/1997
B-EACH TIME L-ONG in NIAGARA CD BOOK II 2014
B-EACH TIME L-ONG 2025

◆Version C … Version Bの冒頭をオミットしたバージョン
NIAGARA SONG BOOK 1989

◆Version D … シリア・ポール版の演奏を流用した、大滝詠一によるヴォーカル・バージョン
BEST ALWAYS
EIICHI OHTAKI Song Book Ⅲ 大瀧詠一 作品集 Vol.3「夢で逢えたら」(1976-2018)
夢で逢えたら(大滝詠一Single)

◆Version E … Version Dをハープシコードとストリングスとヴォーカルのみにした「Strings Mix」
DEBUT AGAIN

◆Version F … ストリングス・バージョンの、83年7月24日西武ライオンズ球場での演奏
NIAGARA CONCERT '83 CD
NIAGARA CONCERT '83 Picture LP

◆Version G … 83年7月24日西武ライオンズ球場でのストリングス・バージョンのリプリーズ「夢で逢えたら、もう一度」
NIAGARA CONCERT '83 CD
NIAGARA CONCERT '83 Picture LP

◆Track … Version Dのカラオケ
BEST ALWAYS TRACKS


●ROCK'N'ROLL 退屈男

◆Version A
♡じかけのオレンジ(Single)
NIAGARA TRIANGLE Vol.2 2002
EIICHI OHTAKI SONGBOOK I 大瀧詠一 作品集 Vol.1(1980〜1998) 2010
BEST ALWAYS
NIAGARA RARITIES SPECIAL in NIAGARA CD BOOK II 2015
Single Version in NIAGARA TRIANGLE Vol.2 VOX 2022
EACH SIDE OF NIAGARA TRIANGLE Vol.2 in NIAGARA TRIANGLE Vol.2 VOX 2022
♡じかけのオレンジ(Single) in NIAGARA TRIANGLE Vol.2 VOX 2022

◆Version B … Version A冒頭の、カウント最後の音?がカットされている
大瀧詠一SONGBOOK I 大瀧詠一作品集(1980〜1985) 1991

◆Track A … コーラスありカラオケ
NIAGARA TRIANGLE Vol.2 TRACKS in NIAGARA TRIANGLE Vol.2 2012
カラオケ in NIAGARA TRIANGLE Vol.2 VOX 2022

◆Track B … コーラスなしカラオケ
カラオケ in NIAGARA TRIANGLE Vol.2 VOX 2022

◆Track C … 「ホンダラ・マーチ」、ヴォーカルダビング前のRough Mix
EACH SIDE OF NIAGARA TRIANGLE Vol.2 in NIAGARA TRIANGLE Vol.2 VOX 2022


●夏のリビエラ Summer Night In Riviera

◆Version A
SNOW TIME
BEST ALWAYS
SNOW TIME in NIAGARA CD BOOK II 2015
暑さのせいEP

◆Version B … 83年7月24日西武ライオンズ球場での演奏、歓声等を入れていないミックス
DEBUT AGAIN

◆Version C … 83年7月24日西武ライオンズ球場での演奏
NIARAGA CONCERT '83

◆TRACK … Version Aのカラオケ
BEST ALWAYS TRACKS


リアスの少年 Rias

◆Version A
SNOW TIME
SNOW TIME in NIAGARA CD BOOK II 2015

◆Version B … Version Aのギターとは別メロディのガイドヴォーカルが入ったセッション音源「Dancing Every Night」
A LONG VACATION SESSIONS in A LONG VACATION VOX 2021


オーロラに消えた恋 Aurora

◆Version A
SNOW TIME
SNOW TIME in NIAGARA CD BOOK II 2015

Version B … Version Aのギターとは別メロディのガイドヴォーカルが入ったTake 1
EACH TIME SESSIONS in EACH TIME VOX


雪のツンドラ Tundora

◆Version A
SNOW TIME
SNOW TIME in NIAGARA CD BOOK II 2015

Version B … Version Aのギターとは別メロディのガイドヴォーカルが入ったTake 1
EACH TIME SESSIONS in EACH TIME VOX


うれしい予感 Yokan(ナイアガラから出ているバージョンのみでご勘弁を)

◆Version A … ギター・インスト・バージョン
SNOW TIME
SNOW TIME in NIAGARA CD BOOK II 2015
NIAGARA RARITIES SPECIAL in NIAGARA CD BOOK II 2015

◆Version B … 大滝詠一によるヴォーカル・バージョン
DEBUT AGAIN

◆Version C … Version A・Bのトラックに手を加えたインスト・バージョン
NIAGARA SONG BOOK 3 in COMPLETE NIAGARA SONG BOOK


●ゆらりろ / マルチスコープ マルチスコープのテーマ

◆Version A
EIICHI OHTAKI SONGBOOK II 大瀧詠一 作品集 Vol.2(1971〜1988) 
NIAGARA RARITIES SPECIAL in NIAGARA CD BOOK II 2015
EACH TIME Singles + Rarities in EACH TIME VOX

◆Version B … Version Aが始まる前にスタジオ内の音声が入る
EACH TIME 2004

◆Version C … Version Aの間奏パートをオミットしている
NIAGARA TV SPECIAL VOL.1 in HAPPY ENDING

Version D … 未発表モノ・ミックスの「40th Anniversary Version」
EACH TIME 40th Anniversary Edition CD in EACH TIME VOX
EACH TIME 40th Anniversary Edition LP in EACH TIME VOX
EACH TIME 40th Anniversary Edition CD

Version E … レコーディング当初のTake 2、仮メロディ入り
EACH TIME SESSIONS in EACH TIME VOX

Version F … 5.1サラウンド・ミックス
5.1chサラウンド音源 in EACH TIME VOX


●幸せな結末

◆Version A
幸せな結末(Single)
EIICHI OHTAKI SONGBOOK I 大瀧詠一 作品集 Vol.1(1980〜1998) 2010
BEST ALWAYS
幸せな結末(Single)2023

◆Version B … 最後のストリングスがカットされた別ミックス
幸せな結末/恋するふたり(Single)2007
NIAGARA RARITIES SPECIAL in NIAGARA CD BOOK II 2015

◆Version C … 2020年『Happy Ending』用の内藤哲也?ミックス
HAPPY ENDING

◆Version D … 歌から始まる15秒のスポット用「CM Ver.」
NIAGARA TV SPECIAL VOL.1 in HAPPY ENDING

◆Version E … 歌から始まるドラマオープニング用の「ラブジェネレーション Ver.」
NIAGARA TV SPECIAL VOL.1 in HAPPY ENDING

◆Version F … 井上鑑によるストリングス・インスト・バージョン
NIAGARA SONG BOOK 30th Edition 2010
NIAGARA RARITIES SPECIAL in NIAGARA CD BOOK II 2015
NIAGARA SONG BOOK 3 in COMPLETE NIAGARA SONG BOOK

◆Version G … ストリングス・バージョンだがチェンバロが入らず、歌メロ開始直前の構成等もVersion Fとは微妙に異なる別テイク「Happy Ending」
HAPPY ENDING

◆Track … Version Aのカラオケ
BEST ALWAYS TRACKS
幸せな結末(Single)2023


●Happy Endで始めよう

◆Version A
幸せな結末(Single)
BEST ALWAYS
幸せな結末(Single)2023

◆Version B … Version Aと一部歌詞が異なり、草津に誘う「バカラック Ver.」
HAPPY ENDING

◆Version C … ヴォーカルをハーモニカに挿し変えた「Harmonica Ver.」
NIAGARA TV SPECIAL VOL.1 in HAPPY ENDING

◆Track … Version Aのカラオケ
BEST ALWAYS TRACKS
幸せな結末(Single)2023


●恋するふたり

◆Version A
恋するふたり(Single)

◆Version B … フェイドアウトせず完奏する
幸せな結末/恋するふたり(Single)2007
NIAGARA RARITIES SPECIAL in NIAGARA CD BOOK II 2015

◆Version C … Version BをVersion Aの尺で同じようにフェイドアウトさせているが、Version Aと同じ編集(終盤4小節オミット)が入っていない
BEST ALWAYS

◆Version D … ドラマオープニング用、プロモ盤CCCDに収録されていた「Title Back Version」
NIAGARA RARITIES SPECIAL in NIAGARA CD BOOK II 2015

◆Version E … 2020年『Happy Ending』用の内藤哲也?ミックス
HAPPY ENDING

◆Version F … 歌詞が異なる15秒のスポット用「15sec Ver.」
NIAGARA TV SPECIAL VOL.1 in HAPPY ENDING

◆Version G … 「Title Back Version」と同じ尺だがミックスやヴォーカルも別(ドラマ開始前後に長野放送のテストパターンバックで流れていたもの?)の「東京ラブ・シネマVer.」
NIAGARA TV SPECIAL VOL.1 in HAPPY ENDING

◆Version I … 井上鑑によるストリングス・インスト・バージョン
恋するふたり(Single)
NIAGARA RARITIES SPECIAL in NIAGARA CD BOOK II 2015

◆Version J … 冒頭からストリングスが入っている、Version Iの別ミックス
NIAGARA SONG BOOK 30th Edition 2010
NIAGARA SONG BOOK 3 in COMPLETE NIAGARA SONG BOOK

◆Version H … Version Iをベースに、ストリングスを大きくミックスした「Strings Fever Ver.」
NIAGARA TV SPECIAL VOL.1 in HAPPY ENDING

◆Track … Version Bのカラオケ
BEST ALWAYS TRACKS






さて…、当ブログでやっているナイアガラバージョン違い記事も新規追加はこれで最後です。ここ10年で新たにリリースされた曲も他に多数ありますが、一応、「大瀧詠一さん存命中に公式リリースされた楽曲に限る」、という縛りを勝手に設けていましたので…あとはこれらの新しいバージョンがリリースされたり、間違いや漏れがわかった際、人知れず追記・修正していこうと思っています(とか言いつつ既に追記が必要なものも認識していますが…)。

もともとこういう記事を書こうと思ったのは、
  • バージョン違いについて、大瀧さんはたんまり作って出しているもののものによって正確な情報を言わない(数年後に後出しで本当のところを言ったりする)ことがあり、リスナーを試しているふしがあると勝手に受け取った
  • この手の記事の先達の、ナイアガラ・ファンの方のサイトが消えてしまったり更新停止になってしまった
  • 遺作となってしまった『EACH TIME』30周年盤もカラオケ含めてバージョン違いがてんこ盛りだった
といったあたりが動機になっています。さらには、「大滝詠一『EACH TIME』のバージョン違い」記事で、「以前バージョン違いを調べて公開していた」という「通りすがりのナイアガラー」の方からもシリーズとして続けるようありがたいコメントをいただいたのは、その後の継続につながりました。

というわけで、10年続いた当バージョン違いの記事たちは、大瀧詠一さんと彼の音楽作品に。一連の作品に関わった、スタッフのみなさまに。そして、リスナーのみなみなさま、特に「ねのすけの趣味趣味Songbook」のねのすけさんに。感謝を込めて捧げたいと思います。

2024年1月27日土曜日

1989 (2) : “Southern All Stars”

「女神達への情歌」「さよならベイビー」録音後、ようやくサザンはアルバム用のレコーディングに入る。レコーディング開始直前、桑田は「女神達への情歌」の手応えを踏まえ、バンドのルーツミュージックと同時代的なサウンド・メイキングを融合させた硬派な内容を構想していたようだ。そのため、「さよならベイビー」も収録されるかどうか未定だったという。

— 今回のニュー・シングル(引用者注:「女神達への情歌」)のテーマは原点回帰だとか?
「や、単に煮詰っただけ(笑)。ていうか、ブルースがやりたかったのね。『勝手にシンドバッド』でデビューする以前、アマチュア時代のサザンっぽいイメージ。プリミティヴな手触りをもう一度確かめてみたかったんだ。ある意味では、このシングルがいまレコーディング中のニュー・アルバムのパイロット版的存在になると思うけど。」
(『SPA! 1989年3月16日号』扶桑社、1989)

— 映画音楽が終わったらサザンのアルバムに入るわけですね。
「2月から並行してレコーディングに入ります。泥くさめなブルース・ロックというか、デビュー前のサザンの感覚も生かしたものにしたい。
— ストレートでダイナミックでパワフルで色気があって……。
「バンドらしいものをね。実験をしながら、ブギとかブルースとかにもこだわってみたいですね。」
『FMレコパル 1989年2月20日号』小学館、1989

「アレ(引用者注:「さよならベイビー」)は、つまり「彼女が水着にきがえたら」と言う映画のためにつくりましたから。サザンのアルバム用と言うよりはあの映画用としてね。」
(略)
「「さよならベイビー」はさっきの話じゃないけど入れないかもしれないし
(『代官山通信 Vol.23 Jul. 1989』サザンオールスターズ応援団、1989)

しかし、レコーディングを進めていくにつれもっと多彩な、ある意味いつもの幕の内弁当的な内容に仕上がっていったようである。結局「さよならベイビー」もしっかり収録されている。

— レコーディングは約1年がかりで?
「最初、「女神達への情歌」をやって、すごく好きな曲だったんで、その曲みたいなプリミティブな形のものにしよう、泥くさいのでいこうと思ってたんです。でも、なにしろ、やってるうちに、気持ちがコロコロ変わってしまうもんで(笑)。
『FMレコパル 1990年1月22日号』小学館、1990


***


アルバムの制作だが、クレジット冒頭に高らかにバンド単独プロデュースの表記が登場(これまでバンドと共にプロデューサーとして併記されていたA&R高垣健は、レコード会社/事務所の部分にレコード会社側の共同プロデューサーとして、別途クレジットされている)。録音・共同プロデュースはおなじみ今井邦彦。マスタリングは今回は国内で、CD・LP共に川崎洋が担当。

Produced by SOUTHERN ALL STARS
All Songs, Arranged by SOUTHERN ALL STARS
Co-Arranged by TAKESHI KOBAYASHI, SATOSHI KADOKURA
AKIHIKO MATSUMOTO, HIROAKI SUGAWARA, TAKESHI FUJII

Co-Produced & Engineered by KUNIHIKO IMAI

しかしアレンジャーについてはこのとおり曲ごとにクレジットされておらず、実態が非常に曖昧だ。各シングルやアルバム『稲村ジェーン』に収録されなかった楽曲たちは、後年のベスト盤において、単に「編曲:サザンオールスターズ」と記載されてしまっている。

ゲストミュージシャンの欄におけるキーボードやマニピュレーターについても、誰がどの曲に参加しているのかは読めない書き方である。他のパートについては曲ごとの記載があるにもかかわらず、だ。

Keyboards: TAKESHI KOBAYASHI, SATOSHI KADOKURA
AKIHIKO MATSUMOTO
Synthesizer & Computer Operation: HIROAKI SUGAWARA
TAKESHI FUJII, YASUO KIMOTO, TOSHIHARU UMESAKI

そのため、楽曲ごとにサウンド作りの要になったのが小林武史なのか門倉聡なのか、はたまた松本晃彦なのか現在もはっきりしないままである。

ところで、Nona Reevesの西寺郷太が、「You」については門倉聡がイニシアチブを取った曲と明言している。「You」はプロモ盤7インチや後年のベスト盤で、全てバンド単体の編曲と記載されている曲だ。

西寺豪太「@suziegroove 例えば、《YOU》や《さよならベイビー》あたりの、キラキラしたデジタルサウンドは、多分にザ・小林サウンド。 ってのは事実誤認ですから訂正した方がいかもです。NONA REEVESで二作プロデュースしてもらった門倉聡さんがイニシアチブをとった曲なので。
「@suziegroove 多分、スージーさんは小林武史さんより、門倉さん独特の「プロフェッショナルAOR」感が嫌いなんじゃないかなと思います。僕は、2000年代になっていわゆる「渋谷系」の音楽が一度下火になった時、その時期のサザンを敢えて目指したい、と門倉さんと組みました。
「@suziegroove 門倉さんは幼少期からピアノとシンセサイザーの英才教育を受け、東京芸大音楽学部作曲科卒業のエリート。《さよならベイビー》《女神達への情歌》《忘れられた Big Wave》は編曲がバンドと門倉さんクレジット。《YOU》も門倉色強いです。僕は好きですよ。
「@suziegroove 当時若手だった小林・門倉の天才ふたりと熟成期に突入し新機軸を探した桑田さんがある種の覚醒を起こしたんでしょうね。特に《女神達への情歌》《忘れられた Big Wave》は今も僕は大好きです。なので、小林さんと門倉さんを分けた方が正確な論評になります。
西寺豪太(Gota_NonaReeves) 0:44pm・0:55pm・1:02pm・1:05pm、2015.11.25.
https://x.com/Gota_NonaReeves/status/669361055005478912
https://x.com/Gota_NonaReeves/status/669363647928360960
https://x.com/Gota_NonaReeves/status/669365463890063361
https://x.com/Gota_NonaReeves/status/669366187063578625

西寺の書くとおり正確な論評をしようにも、アルバムのクレジットが曖昧になってるのがそもそもよろしくない。ということでアレンジャーについて、現在判明している情報から詮索してみよう。アルバム『Southern All Stars』収録曲で、他作品収録時アレンジに門倉がクレジットされているのは以下4曲。

  • 女神達への情歌
    →シングル「女神達への情歌」でのクレジット
     編曲:サザンオールスターズ&門倉聡
  • さよならベイビー
    →シングル「さよならベイビー」でのクレジット
     編曲:サザンオールスターズ, 門倉聡
  • フリフリ’65
    →シングル「フリフリ’65」でのクレジット
     Arranged by SOUTHRN ALL STARS
     Co-Arranged by TAKESHI KOBAYASHI
      SATOSHI KADOKURA
      HIROAKI SUGAWARA
  • 忘れられたBig Wave
    →アルバム『稲村ジェーン』でのクレジット 
     Arranged by SOUTHRN ALL STARS & SATOSHI KADOKURA

そして、門倉聡本人によるツイートを見てみよう。

門倉聡「本当に気になるよね。大丈夫なのだろうか。僕は藤井さんから紹介受けてアルバム一枚プロデュースやったのだけどネギは一時期サザンのメンバーだったしね。僕らのまわりで桑田さんに関わってない人いないんじゃないかな。 」
門倉聡(kadockle)9:42pm、2010. 7. 28.
https://x.com/kadockle/status/19737481458

アルバム一枚プロデュースやった」と門倉本人が記している。いっぽう小林はというと、エンジニアの今井邦彦によれば関わったのは3曲とのことだ。

— 『Southern All Stars』はソリッドかつモダンなサウンドでした。
今井邦彦「この辺はまだシンセ・オペレーションが重要な時代で、ここで藤井さんが離れ、門倉聡さんという人が来る。その影響で多少サウンドも変化しましたね。小林さんは3曲に関わったのかな。」
(「サザンオールスターズ公式データブック 1978-2019」リットーミュージック、2019

アルバム収録曲で、他作品収録時アレンジ、または演奏に小林のクレジットがあったのはちょうど3曲である。

  • フリフリ’65
    →シングル「フリフリ’65」でのクレジット
     Arranged by SOUTHRN ALL STARS
     Co-Arranged by TAKESHI KOBAYASHI
      SATOSHI KADOKURA
      HIROAKI SUGAWARA
     GUESTS
      TAKESHI KOBAYASHI, SATOSHI KADOKURA:Keyboards
      HIROAKI SUGAWARA:Computer & Synthesizer Operation


  • 愛は花のように(Olé!)
    →アルバム『稲村ジェーン』でのクレジット 
     Arranged by SOUTHRN ALL STARS & TAKESHI KOBAYASHI
     
    SOUTHRN ALL STARS, 小倉博和(Guitars),
     小林武史(Keyboards), LUIS SARTOR(Back Vocals),
     北村健太
    (Percussions)

  • ナチカサヌ恋歌
    →シングル「真夏の果実」収録のライブバージョンのクレジット
     Arranged by サザンオールスターズ&小林武史
     GUESTS
      ATSUO KATAYAMA:Keyboards
      MITSURU KANEKUNI:Sax, Flute
      KUMI SHINJO, SHIZUO KAMIYAMA, RIEKO SEKI:
       Ohayashi & Dancing

    →原由子アルバム『ハラッド』収録のサザンスタジオバージョンのクレジット
     編曲:サザンオールスターズ
     小林武史:Keyboards
     菅原弘明:Computer Programming
     古我知よしあき, 新城久美, 神山静子:
       Okinawa Instruments & Ohayashi

そもそもの話だが、小林は89年10月に本人名義のセカンド・アルバム『Testa Rossa』をリリースしている。『Testa Rossa』に録音期間の記載はないが、リリースのタイミングから考えるとサザンのアルバムの録音期間=89年春〜9月頭と完全に重複していると思われる。おそらく小林は、サザンのアルバムに大きな時間を割くことは不可能だったと考えてよいだろう。そんなことからも、小林がメインでアレンジを仕切ったのはこの3曲ということでよさそうだ(「ナチカサヌ恋歌」のスタジオ版編曲に小林の名前はないが、演奏参加のないライブでわざわざ編曲クレジットされていること、そしてスタジオ版の演奏クレジットを見る限り、スタジオ版のアレンジに大きくかかわっているのは想像に難くない)。

また、過去筆者が松本晃彦の公式サイトから問い合わせたところ、松本が関わったのは「Oh, Girl」「ナチカサヌ恋歌」の2曲、とスタッフから回答を得ている。『ハラッド』の「ナチカサヌ恋歌」に松本の記載はないので、クレジットミスか、または最終的に演奏は残っていないがセッションには参加していた、のいずれかになるのだろう。となると少なくとも「Oh, Girl」は本来アレンジャーとしてクレジットされるべき曲、ということになりそうだ。

ということで、本作では「You」をはじめ門倉が大多数の曲に共同アレンジャーとして大きく関わっているとみてよいだろう(クレジットの順序では小林が先になっている理由は不明だが…単に先行シングル「フリフリ'65」の記載に準じてしまったのだろうか)。このあたりを踏まえて本作を聴くと、確かに『Keisuke Kuwata』や後の『世に万葉の花が咲くなり』、原由子ソロなどでさえ聴かれる小林特有の暗さ、アク、歪みのようなものはあまり聴こえてこない…という気がしないでもない。60s〜70sロック好き・プログレ好きによるサウンドというよりは、西寺郷太のいう「プロフェッショナルAOR」感が強いとでも言うべきか…アグレッシブな側面を聴かせる場面はあっても破綻の少ない、良質な大人のポップスに着地した感がある。

このように、サウンド・クリエイションに複数の外部のキーボード・プレイヤー、コンピューター・プログラマー(木本靖夫/ヤスオや梅崎俊春も、藤井丈司人脈と思われる)らを迎えたのは、『Keisuke Kuwata』から続く桑田の「生音よりシンセのほうが音色として現代的で、古臭くならない」という志向が続いていたのが大きいだろう。実際本作では、ストリングスどころかブラスまで生音は一切入らず、すべてシンセでまかなっているのだ。また、今井邦彦によると、原由子の育児に集中したいという意向も影響していたようである(「J-POP レジェンドフォーラム」FM Cocoro, 2018.7.16.)


***


結局、アルバムのコンセプトとしては攻めた『kamakura』のようなスタンスではなく、桑田やサザンのメンバーにとっての普遍性のある、背伸びをしないポップスを追求した…という路線に落ち着いたようだ。

「今回は、あんまりトレンディなアプローチっていうのをやってないから。ほら、機械を使ったりとか、いろいろあるでしょ。いわゆるデジタルを強調したりとか。そういうのじゃなくてね。
(略)
まあ、月並みに言えば、等身大というか。あんまり無理しないというか。トレンドだと思って一所懸命新しいサウンドにトライすると、3年後それを聞いてすごく後悔したりとか。そういうのがあると思うんだよね。だから、そういう事態に陥らないためにも、自分たちの中で不滅の音に向かっていこう、と。」
(『ぴあ music complex 1990年2月14日号』ぴあ、1990)

実際に耳にすると、一聴してエレクトロ然とした雰囲気はないものの、前述のとおり管弦など含めキーボード・シンセが音世界を大きく整然と支配し、「女神達への情歌」でサザンでも味をしめた桑田の一人多重コーラスが彩りを添える。そこにメンバーの演奏と円熟味を増す桑田のヴォーカルが乗り、ウェルメイドでカラフルな音世界が展開されている。また、「フリフリ’65」「悪魔の恋」「政治家」「Mariko」「Gorilla」など、一拍目から入らないトリッキーなイントロの曲が複数入っているのもサザンとしては珍しい、本作の特徴のひとつである。

本作リリース直前の89年11月にシングル・リリースされたロックンロール・ナンバー、「フリフリ’65」でアルバムの幕が上がる。先のとおり、小林武史・門倉聡・菅原弘明の豪華アレンジャー陣とサザンのリズム隊とのぶつかり合い(といっても、さほど音数は多くなくシンプルな編成でまとめている)が聴きもの。桑田の素晴らしいヴォーカルと、本作では珍しいサザンのメンバーによる男声コーラスの組み合わせも痛快だ。今井によると、当初はLed Zeppelin風だったものが、各パート差し替えで現在の形に至ったという。
M①「フリフリ’65」
リズム録りでは、“ツェッペリン”ふうのリズムにアンビエンス・ドラム、ヘヴィなギターだったのですが、世界が違うともめて、全く逆のオンなドラムを加えて、1kHzブーストのスネア、そしてガリガリなギターに差し換え、エレピをダビングして現在の形となりました。この一風変わったエレピは,DX7のエレピを、ヤマハのギター・アンプで鳴らして、シュアーSM57でひろって,コンプでつぶしたものです。
(今井邦彦「レコーディング実話 Southern All Stars/サザンオールスターズ」『Sound & Recording Magazine 1990年3月号』リットーミュージック、1990)
ということで60sビート・バンド的なサウンドに方向転換。これだけだと「Big Star Blues」と同じパターンだが、しかしそこにストリングスなどでヒネリを加えているのがミソである。日本語で歌われること、さらにはタイトルのフレーズなどから最終的にGSの香りも感じる出来となった。
ギターであればダウン・ピッキングばっかりで、ビンビンビンビンビンビンビンビン……って、全部ギターの弦を親指で頭から押さえつけるみたいなさ。いわゆるビートルズだとか、そういう60年代のブリティッシュ・バンドがやってた音楽の形態を、そのままではないんだけど取り入れて。
(略)
ただ、ギター・バンドのいわゆる焼き直しだけで転ぶのもシャクだから、いわゆるトニー・ヴィスコンティみたいな弦とか入れてみたり……。
 変態的な。
うん、ああいう変態性には、個人的にこれまでの人生の随所随所で心打たれてきましたからね。そういうものをシンプルなギター・サウンドに融合するって作業に関しては成功したかなと思うんだけど。
(『ぴあ music complex 1990年2月14日号』)

シングル各メディアに封入された、カセットサイズのアルバム予約票。

「愛は花のように(Olé!)」は先のとおり88年末に桑田監督の映画用として小林武史や小倉博和らと録音されていたものだが、このとおりサザンのアルバムに自然な形で収録されている。おそらくだが、89年春からオンエアされた桑田出演の日本生命CMに使用され、世間で既に耳馴染みの曲になっていたことが本作に収録された理由のひとつではないだろうか(画面では演奏クレジットは出ず、CM雑誌でも「音楽:桑田佳祐」とあるのみであった)。CMでは入っていなかったドラムが足されており、本作収録に際し松田によるダビングを行ったものと推測される。

「悪魔の恋」はアルバム・セッションの一曲目として取り上げられた、レコーディング当初のコンセプト、バンドのルーツを感じさせるブルージーで渋めの一曲。メンバーによるリズムと門倉?のハモンド、八木のぶおによるハーモニカなどで固めながら、左で鳴る硬質なクラヴィネットのようなシンセが良いアクセントになっている。
M③「悪魔の恋」
 アルバム・レコーディングの最初の曲です。シンプルなリズム・パターンですが、ドラムは打ち込みで、おかずなどシミュレーションしてから叩く、というやり方をしました。このギターはアンプっぱいのですが、ラインのみ。イントロで漂うギターは、サンプリングです。
 歌に向かって戦っているハーモニカは八木のぶお氏持参のマイク(シュアーの古いやつ)を、アンプで鳴らし、マイク・ダイレクトと、アンプ・サウンドのミックスに、50msecのディレイを混ぜたものです。
(今井邦彦「レコーディング実話 Southern All Stars/サザンオールスターズ」)

映画のテーマ曲として録られていた桑田のひとりアカペラ「忘れられたBig Wave」も、「愛は花のように」に引っ張られてか本作に先行収録されている。

続いて桑田ソロの路線を継続させたようなポップ・ナンバー「You」。門倉と菅原のコンビによるものだろうか、冒頭から爽快感溢れるベル系シンセやパッド、疾走感あふれる八分を刻むシンセベース、そして何よりゲートリバーブのかかったサンプリングのスネアが印象的で、一気に引き込まれる。末期YMOに影響を受けたJポップの走りのような側面もあり、そういう意味は「ミス・ブランニュー・デイ」以降の、YMO(藤井丈司)人脈ここに極まれり…といった感がある。リリース時、本作から1曲だけを聴かせるならとの問いに桑田が選んだのはこの曲であり(『週刊プレイボーイ 1990年3月号』集英社、1990)、実は89年11月のシングル候補にもなっていたようだ。アルバムからのプロモ盤7インチもこの曲が選ばれている。

サザンの王道的な曲ですね(『ワッツイン 1990年1月号』CBS・ソニー出版、1990)と桑田自ら語るとおり、サザンのイメージといえばこの路線、というのが明確にあったのだろう。とはいえ、大森のギター以外は匿名性が強く、トラックを桑田のソロの延長のように仕上げるあたりは何より楽曲重視、の姿勢がうかがえる。

原由子ヴォーカルコーナーである「ナチカサヌ恋歌」では小林武史を迎え沖縄風ポップスに挑戦。三線、お囃子、指笛など沖縄の要素にシンセのハープを組み合わせているというのがなんともユニークである。沖縄パートは後から本場のサウンドをダビングするアイディアが出たため、A&R高垣健が探してきた、沖縄のミュージシャン3名を起用したようだ(高垣健「ロック・ビジネス悪あがき 第5回 バイ・プレイヤーに栄光を!」『Sound & Recording Magazine 1990年7月号』リットーミュージック、1990)。今井によると、サビでの原の多重コーラスは10本程度重ねているという(今井邦彦「レコーディング実話 Southern All Stars/サザンオールスターズ」)
原由子「で、すごく……心は泣いて歌ったつもりなんですけどォ。ただ、どうしてもこの声ですから(笑)。泣いてるふうにならないの。子供になっちゃったんですけどね。あれ、大人の女の気持ちで歌ってるんですよ。」
— そうだったんですか。
桑田「わかんないでしょ?(笑)
(『ぴあ music complex 1990年2月14日号』)
このとおり、スタジオ版のヴォーカルについては原本人も満足いく出来ではなかったようだが、90年のライブ「夢で逢いまShow」では情感のこもった見事な歌を披露。武道館公演の素晴らしいヴォーカルのテイクがシングル「真夏の果実」カップリングに収録されたため、現在も聴くことができる。

松本晃彦を迎えた「Oh, Girl(悲しい胸のスクリーン)」は、粘っこいメロディ、ヴォーカルやフェイク、コーラスなどに70年代後半のHall & Oatesの面影を感じることができる。
「70年代への憧憬というものが前提にあって、トレンドとかいったものをテーマにしないで、ありきたりな編成で始めたらこうなるという、サザンオールスターズの限りないワンパターンとでもいうべき曲ですね。
(『ワッツイン 1990年1月号』)
桑田のコメントどおり?大森や関口は本作のおすすめ・お気に入りとしてこの曲を選んでいる(『週刊プレイボーイ 1990年3月号』)

89年4月のシングル「女神達への情歌」を経て始まる「政治家」。この曲に限らず、ギターリフは桑田が曲をメンバーに提示した時点でメロディと一緒に存在していたようだ。
大森隆志「「政治家」や「悪魔の恋」を桑田が持ってきたときから、メロディーと同時にリフがパッケージになってて、いいなあ、ノレるなあと感じたね。」
『FMレコパル 1990年1月22日号』
ということでByrdsに影響を受けたBeatles…のようなギターリフを核にビートリーなコーラス・間奏のピアノなどが聴こえるが、それだけにとどまらずファルセットから始まるヴォーカルや、終盤で炸裂する桑田のBrian Wilson風ファルセットを含むワンマンコーラスなど、飽きさせない展開となっている。後年の桑田の発言のとおり、意図せず70年代半ばのSteely Danの香りもする仕上がりである。歌詞はというと、周囲を眺め逆を張るスタンスで、政治家のスキャンダルを描いている。
「あれは逆にアンチ・テーゼっていうか、あんまり体勢のことを悪口言うのは面白くないなって思ったんだよね。(略)俺は例えば、汚職議員のこと題材にして詞を書いてたとしたら、それが怒りに変わっていくというより同情になっちゃうんだよね。自分自身の日常の感覚に似てるなあって思う。そういうタイプなんだよね。だから、ボブ・ディランで言えば<風に吹かれて>の“答えは風に舞っている”みたいなさ、ああいうのが好きなんだよね。なんか俳句っぽいし。<ライク・ア・ローリング・ストーン>の、“ど〜んな気持ちだい”とかっていうのはあんまり好きじゃないね。
(『ワッツイン 1990年1月号』)

続いてはアグレッシブなスウィングもの「Mariko」。PrinceのMadhouseセカンドあたりでも意識しているのか、従来の八木正生とのコラボとはまた性格を異にした、打ち込みを交えてロックやファンクの要素も加味した攻めの一曲。そしてここまで連続して、桑田の一人多重唱を大きくフィーチャーした楽曲が続く。
M⑩「MARIKO」
ギターのエコーは、ゲート・エコー/ノンリニアと各パートで違っています。また、オブリのギターは10本くらいの重ね技です。ずっと鳴っているブラシ・スネアのようなものは、ドラムのスタンド・ケースのふたを叩いたものをサンプリングして,フィルだけ生でやったものです。この曲では、コーラスの定位が場所によって違うところを聴いてほしいですね。
(今井邦彦「レコーディング実話 Southern All Stars/サザンオールスターズ」)

シングルとして89年6月にリリース済の「さよならベイビー」は、実は別ミックスのアルバム・バージョンで収録されている。
M⑪「さよならベイビー」
ちなみに、シングルCDとはミックス/マスタリングともに違います(さて、ミックスはいったいどこが違うのでしょう?)
(今井邦彦「レコーディング実話 Southern All Stars/サザンオールスターズ」)
一箇所、コーラスを足しているのが違いのようだが、言われないとわからない程度の微妙なレベルの差異に桑田がこだわるようになっているのがわかる。80年代の桑田はシングルとアルバムでミックスを変えることはなかったが、これ以降、90年代のサザン名義のオリジナルアルバムではシングル曲が必ず1曲はアルバム用リミックスで収録されるようになる。2000年代になるとシングル曲はほとんどがリミックスされたバージョンでアルバム収録されるようになるのであった。

桑田以外のメンバー作コーナーとして、今回は大森作のインストもの、「Gorilla」を収録。Talking Headsの88年ラスト・アルバム『Naked』あたりのワールドミュージック的な雰囲気をヒントに?しつつもエレクトロ感を増強しながら、マニュアルのギター・ドラムを組み合わせてユニークなサウンドを展開するという意欲作だ。松田はプレイヤーとしてはこの曲を聴いて欲しいとのこと(『週刊プレイボーイ 1990年3月号』)
M⑫「GORILLA」
 インストもので始まったのですが、大森氏のデモ・テープ(アナログ24ch)を、PCM-3348にコピーして、ダビング/差し換えを行なってきたものです。デモ・テープがかすかに生き残っているのは、ABメロだけですけど…
 ドラムはバスドラとスネア
タム、シンバルと、別々にレコーディングし、ミックスではバスドラはレキシコン480のサンプリングでトリガーして差し換えてます。
 ギター・メインの曲で、8種類のギター・パートがあり、何が違うかよく聴くと面白い(疲れる)かも?
(今井邦彦「レコーディング実話 Southern All Stars/サザンオールスターズ」)

そして本作の中でも一切のヒネリを排除したような、奇をてらわないまっすぐなバラード「逢いたくなった時に君はここにいない」でアルバムは幕を閉じる。打って変わって演奏もコンボ・スタイル、各メンバーのマニュアル・プレイを重視した編成で、そこに門倉?のシンセ、ストリングスで彩りを加えているようだ。従来のサザンのトレードマーク、原のハーモニーもここにきてようやく明確に登場。歌詞はすべて日本語で、英語がいっさい入らない曲を締めに持ってくるのは『Keisuke Kuwata』と同じパターンだ。この曲について、桑田はなにやら意味深なコメントを残している。
「サビからできた曲で、寂しさを連想してる。タイトルのような気持ちには何度か襲われたことがあるし、やっとそれがいえる状況が整ったということですかね。
(『ワッツイン 1990年1月号』)


***


本作、音作りについては『kamakura』までのヘッド・アレンジ前提の方法論を変え、コンピュータとシンセでのシミュレーションを前提とする新たな制作スタイルで臨んでいるのは前述のとおりだ。さらにはメンバーによってはソロ活動も並行して行なっており、スタジオに6人が常時居合わせるわけではなかったというのも新たなスタンスであった。
野沢秀行「僕はですね、実はレーシング・チームというのをやってまして。全然違うんですよね、バンドと。当たり前ですけど(笑)。それで、ぼく、実はレコーディング中もけっこう抜けてたんですよ。」
桑田「よく早く帰ったもんな(笑)。」
野沢「すいません。でもね、これが自分にとってみると画期的なの。これまで10年、自分は絶対、死んでもスタジオにいなくちゃいけないんだという気持ちがあったんだけど。今回はみんなに理解してもらって……。」
桑田「いや、理解してないですよ。」
野沢「そんなぁ、冷たく言わないで(笑)。」
桑田「自分だけだもん、画期的だとか(笑)。」
野沢「ま、いいや(笑)。とにかくですね、僕としては一応理解してもらったつもりで行ってたんだけど。」
(『ぴあ music complex 1990年2月14日号』)

そんな中、本作でプレイヤーとして存在感を放つ2名、松田と大森の会話からは、やはりサザンのアルバムならマニュアル・プレイを中心に据えたいという本音が見える。こちらは松田・大森・野沢(遅刻してこの時不在)のリリース時の対談から。
— さっき少しふれたシングル曲の“フリフリ’65”という曲についてコメントしてほしいんですけど。
松田弘「今度のアルバムの中に入っている“YOU”っていう曲もシングル候補になっていたんだけどね。バンドの勢いを出したかったというか、サザンぽいというか、『女神達への情歌』や『さよならベイビー』とかは、コンピューターを使ったウチコミというか、クールにやっているからね。今の歌謡界の主流らしいから、それはそれでいいんだけどやはり、サザンぽいライブ感のある曲をやりたかったんだよね。時を同じくして、ストーンズも再結成したし。」
全員「アハハ……。」
大森「俺、LAとNYにストーンズ観に行くしね。まぁ、いわゆる、コンピューターを通しての音楽は、極端に言っちゃうと、一人でも出来ちゃうんだよね。コンピューターを操る人が一人いれば、結構、クールなものってすぐ出来ちゃうじゃない。何もそれをここでバンドとして出す必要性ってないというか…。」
松田「“フリフリ’65”ってさぁ、ギター格好いいとか、それぞれが光っている要素がみえる曲だと思うんだよね。
大森「小編成っていうか、要するにバンドサウンドだよね。ある意味で、勢いあるんじゃないかな?」
松田「バンドサウンドにちょうど欲求不満を感じていたところだからね。」
(『代官山通信 Vol.24 Oct. 1989』サザンオールスターズ応援団、1989)

いっぽう、遅刻して対談に参加した野沢の視点はパーカッション・プレイヤーだからか、はたまたJ.E.F.の総指揮者でもあるからか、2名とはまた違った立ち位置である。
野沢「音楽的に言えば、音づくりって、機械と人間の共同作業の極致だと思うわけ。“kamakura”の時は、機械は機械、人間は人間といった感じで分担作業だったんだけどね。なんとなく、自分のパートをシンセとか機械がやっちゃうと、なんだこいつみたいな抵抗はあったんだけど例えば、どっちがいいの?って選んだ時に、人間がやっていい時と、違う意味で機械がやっていい時と、人間が出来ない分野で変な正確さがあって、その曲調に合っていれば、それはそれでいいと思うのね。」
(『代官山通信 Vol.24 Oct. 1989』)

92年の『月刊カドカワ』では、サザンの旧譜を各メンバーが解説する企画において、桑田が本作を担当している。ここでは具体的な録音のエピソードは一切無く、当時のサザンというグループに桑田がいかに対峙していたか、という抽象的な話に終始している。
「やっぱりサザンオールスターズというのは、僕が思っているより大きな存在だと……いろんな意味で期待されているというか。いつでも悪口を言われる危うさもあるし、一歩踏み外すと怒られちゃうみたいな、そんなところにもプレッシャーはあった。とにかく音楽を根気よく詰めていくんだ!と思って頑張っていた時期。サザンっていうのは正直いって六人だけじゃないんですよ。そういう純粋論ではもはやない。ビジネスがどうのとかいう前に、サザンを見つめている人はもっといっぱいいる。
(略)
ここまでサザンが続いてきたら他のメンバーだって続けたいだろうし、だったら長く続けるためにも、たまった膿を出すことは必要になる。だから、このアルバムあたりは、バンドの遊び心というより意地のぶつかり合いってニュアンスが強かったなって気がする。いろいろ評論家の書いたものを見るじゃない?そうすると“桑田もサザンでやるほうがいい”とか書いてあったりして……簡単によく言ってくれるなとか思いますもん。
(略)
逆にサザンという存在が、僕らメンバーとそれを取り巻くスタッフ、あとはファンを含めて“目標”なんですよ。このサザンというものを、いかにイイ形でモデルチェンジしてくか?そのやり方とかその行く末に目標を持たないとね。何かの瞬間に“バンドっていいな”と思えることはいっぱいあるけど“バンドっていいな”という純粋論では乗り越えていけないです。だからこのアルバムはいろんなものを孕んでいるよね。」
(『月刊カドカワ 1992年12月号』角川書店、1992)

リリース当時のインタビューでは、こんなことも語っている。
「俺は今回はアルバムはもう、思いのたけを——とにかく、やりたいことをやるっていうね、俺は気持ちでやったんだけどね。もうやりたいようにやる、という気持ちでね。もちろんメンバーとの意志の確認てのも少ししたんだけども——やっぱり自分個人がやりたいようにやるっていうね、そういう気持ちでやりましたよね。」
(「ロッキング・オン・ジャパン 1990年2月号」ロッキング・オン、1990)

これらを眺めると本作時点では、時代に合わせ適応・変化しようという桑田の意向について、明確にメンバー全員とコンセンサスをとらないまま新体制でのレコーディングが進められたのでは…という気がしないでもない。また、アルバムが録音初期に桑田が構想していた硬派な内容一辺倒にならなかったのも、「サザンという大きな存在」への様々な期待に応えようとしたゆえの揺らぎなのかもしれない。

アルバム完成の89年9月、桑田は即映画撮影に入り、年末のクランクアップまでサザンの活動は停止する。アルバムは年明け、90年1月にリリースが定められることに。完成後しばらく時間が経ったのち、アルバムタイトルが『Southern All Stars』になることを聞いた今井邦彦は、「ああ、重いな…」「いろいろあるんだ…」と感じたという(「J-POP レジェンドフォーラム」)



***


アルバムリリース後の音楽誌の反応を簡単に見てみよう。おなじみミュージック・マガジンは伊達政保のレビュー。
 最初に聞いた時は、ありゃ!肩透かしを食ったような気になっちまった。なんせ、2枚組の大作『KAMAKURA』のイメージがいまだに強いのだ。それに比べるとオーソドックスな感じがしてしまう。
(略)
 目新しさや目先のインパクトに力を入れるのではなく、一見オーソドックスであったとしても、聞き返すたびに味が出るというやつだ。
(略)
 さすがはサザンと言いたいが、でもね、それだけじゃあまりにも、ちとさびしいじゃありませんか。歌謡曲やロックを通底する日本のロック・バンドとして、サザンにはもっとハチャメチャに頑張ってほしいのだ。
(「ミュージック・マガジン 1990年3月号」ミュージック・マガジン、1990)

「ミュージック・マガジン 1990年4月号」(ミュージック・マガジン、1990)クロス・レビューでは小林伸一郎7点・原田尊志7点・湯浅学6点・加藤彰8点、アルバム・レビューで菅岳彦8点の評。「かつての闇雲な現状打破の姿勢があまり見えなかった」(湯浅)、「KUWATA BANDのかたくなさよりサザンのしなやかさを僕は支持」(加藤)など、良い点も悪い点も皆同じような感想を抱いている印象がある。過去のサザンの印象の強烈さに比べると、クオリティは高いが落ち着きすぎな作品ではないか…というのは、ある意味高橋健太郎による『Keisuke Kuwata』評と同じ方向といえる。

ロッキング・オン・ジャパンでは、川崎大助によるレビューが掲載されている。
僕は勝手に“みんなのうた”の拡大再生産というか「久しぶりの復活やんけブワーッと行ったらんかい!!」というエネルギーの大爆発を期待していたのだが、全然違った。違う意味で、良い。しっとりと落ち着いた雰囲気である。
(略)
このアルバムのヘソとなっているのは、“さよならベイビー”である。
(略)サザンを聞き続けてきた世代の思い入れを、彼らが全面的に引き受ける決意を表明したのがこの新作なのではないだろうか。
(略)
ホイチョイ・プロダクションの映画のサントラに使用されて、同時にカラオケのヘビー・ローテーション・ナンバーにもなるというのは桑田佳祐ただ一人である。大衆的と言うより、庶民的なのだ。そして、彼のそうした庶民的なポップ・センスを最大限に発揮できるのはサザンを置いて他にはない。サザンの健全な学生バンドノリやその歴史そのものに、聴き手は自らの生活の記憶を投影するからである。そうした傾向は今後どんどん強くなっていくだろう。縁起でもない話だが、例えばサザンが解散したとしたら美空ひばりの死に対して50代の人間が感じたような喪失感を、現在20代半ばから後半の人間は感じるようになるのではないか。「次のアルバムは、第2期の始まりです」とインタビューの中で桑田は語っていたが、9枚目にして初めてバンド名を冠した本作は、既だロック・バンドとしては前人未到の「国民歌謡」の世界へ彼らが突入したことを告げる、記念すべきアルバムだと僕は感じた。
(「ロッキング・オン・ジャパン 1990年2月号」)

予想外に落ち着いた本作の出来はサザンが「国民歌謡」の世界に突入したことを示している、との指摘は興味深い。前回のとおり「女神達への情歌」リリース前後の桑田のコメントを見ると、「世代の音楽」「現役のナツメロ・バンド」から脱却するための試みが「女神達への情歌」のような攻めの姿勢だったようだが、「さよならベイビー」も収録された本アルバムを聴いた川崎には、そういった世代を引き受ける決意表明に聴こえる…ということである。攻めの姿勢を見せる部分はありつつも、全体としては既存リスナーを置き去りにしない…という本作の内容を見事に言い当てているともいえる。こういったリスナーの率直な需要と、自身の内から湧き上がるミュージシャンのエゴとの間を、この先90年代の桑田は悩みながら行き来していくことになる。


***


サザンのアルバムが完成するや否や、89年秋から年末まで桑田は映画撮影に注力。クランクアップ後、年が明けると1月にアルバムリリース・2月末〜4月末までサザンのライブ・ツアー「夢で逢いまShow」を開催。5月から夏までは映画の追加撮影と仕上げ作業、さらには並行して追加の音楽制作…と、立ち止まる暇のまったくない、怒涛の90年が幕を開けようとしていた。


2023年12月23日土曜日

Sparrow「Half Of My Life」[Ken Gold Songbook]

Sparrowはイギリスの5人組ヴォーカル&インストゥルメンタルグループです。75年にCBSと契約、元ZombiesのChris Whiteプロデュースでアルバムがレコーディングされるも、先行シングルの売れ行きが芳しくなくお蔵入りとなってしまった悲劇のバンドでした。76年、Bronzeに移籍後3枚のシングルを残していますが、77年4月のラストシングルA面「Half Of My Life」がKen Gold & Micky Denneコンビ作、Ken Goldのプロデュース曲となっています。

SparrowのメンバーのうちドラムのBrian Hudson・ギターのTom Marshall・Tony Hardingは元Tony Rivers & The Castaways〜Harmony Grass、ベースのStuart Calver
は元Playground…と60年代末〜70年代初頭のKen Gold周辺のバンド出身者で構成されており、おそらくそれぞれGoldとは顔見知りだったのでしょう。77年ともなるとGoldの仕事はソウル化が進んでおり、ハーモニー・ポップ人脈への楽曲提供はこのあたりが最後になるかと思われます。

ハーモニー・ポップ・バンドとGold-Denneコンビの組み合わせということで、楽曲の雰囲気としては渋めのMcCartney〜Wings感もありながら、歌い出しなどは「You’re The Song」をぐっとブルージーにした感じもあるとでもいいましょうか…メロウなミディアムを、流麗なコーラスで彩ったナンバーとなっています。

なお、Chris Whiteは2019年より「The Chris White Experience」シリーズとして、自身が関わった未発表音源のリリースを開始しました。そして「The Chris White Experience Presents」として、75年のSparrowのお蔵入り録音も発掘、2021年になってCD化されました。Ken Gold絡みの作品は含まれていませんが、Goldに近しかったメンバーによる、歴史に埋もれていた英国ハーモニー・ポップの良作を楽しむことができます。

2023年10月20日金曜日

番外編:ベスト盤考 pt.1(あるいは、ミュージックテープ考)

『すいか』の話が出たところで今回は番外編、ベスト盤について。

70年代後半〜80年代における、いわゆるアナログレコード以外の重要な音楽メディアといえば、カセットテープ(今回扱うのは当時の言葉でいうと「ミュージックテープ(Pre-recorded Tape)」、生テープではない、録音済で売っているもの)である。80年代前半、CDが急速に普及する直前はカセットの売上がアナログレコードに肉薄し、80年代後半はCD・アナログレコード・カセットがほぼ同売上となるタイミングもあった(図1 日本の音楽ソフトは1998年をピークに急速に減少したが…(音楽ソフトの種類別生産金額推移1952〜2020年) レコード購買が拡大、ネット世代の若者はアナログ好き=ジェイ・コウガミ https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220118/se1/00m/020/057000c

レコードとは販売会社が異なったり(配信しかり、原盤権の貸与・譲渡先をメディアごとに変えて契約することが可能であるため)、レコードに比べるとサブ的な立ち位置だったことでベスト盤や企画盤などが比較的自由にリリースできていた…というのもカセットの大きな特徴だろう。サザンもご多分にもれず、レコードでのベスト盤は2023年の今日でもリリースされたことがない一方で、カセットでは多くのベスト盤がリリースされていた。83年までは年1〜2作というかなりのハイペースで、それぞれそれなりに好調な売れ行きを記録していたのだった(「オリコン・アルバム・チャートブック<完全版>1970〜2005」(オリコン・エンタテインメント、2007)によると、カセットのみのベスト盤では、『メタル・スーパーベスト』を除き一番売上数の少ない『Kick Off!』でも85,740本を記録しており、『熱い胸さわぎ』LPの71,520枚より多い)。今回掲載したカセットのベスト盤はほとんど90年代に入ってもカタログ・店頭に残り続け、12曲入りは93年頃、20曲入りはカセットのレギュラーリリース自体が終了する96年を過ぎたあたりで廃盤になったようだ。

90年代半ばに設立されたサザンの旧公式サイト(http://www.jvcmusic.co.jp/sas/)はビクターのドメインで、ディスコグラフィもレコード会社管理ということでか、こういった廃盤ベストもその存在を消し去らない程度にはきちんと掲載されていた。現在のアミューズが管理する公式サイトでは、『すいか』『Happy!』を除きこうした廃盤作品は載っていない(ビデオも80年代の2作が載っていないようだ)。

また、近年では、レコード会社や原盤制作会社主体の、ミュージシャン本人がリリースに積極的ではない・関わっていないベスト盤は「非公式」などと称され否定的に扱われることも多い(そうなると実は『すいか』も桑田本人は渋々了承したベスト盤、ということになる)。他方、リスナー視点からすると「非公式」ベスト盤でそのミュージシャンと出会うこともあるなど、十人十色の思い入れがあるのも事実だろう。何より、正式なルートで正規にリリースされた作品たちである。ミュージシャンの思いとは別で、一度世に出たものは背景はどうあれディスコグラフィーにおいては平等に扱うべきではなかろうか、という気もする(とはいいつつ、サブスクリプションサービスの普及で個人が簡単にプレイリストを編纂・公開・共有できる今となっては、ベスト盤の公式・非公式というカテゴライズももはや過去のものかもしれないが…)。

ということで、今回は番外編、歴史の記録として『すいか』に至るまでのベスト盤をすべて、こちらにまとめておきたい。

なお、今回はベスト盤以外の企画もの(サザン関連はベスト盤のことまで「企画アルバム」と称するので混乱してしまうのだが、ここではオリジナル・カラオケ集やメガミックス「江ノ島」、加えてレーベルコンピレーションやファミリークラブものなど)は除かせていただく。いつか機会があればということで…。


***


■SOLD OUT!! ベスト・オブ・サザンオールスターズ
1979.11.25. invitation(ビクター音楽産業) VCF-1558
SIDE 1 
1. C調言葉に御用心 
2. 当って砕けろ 
3. 別れ話は最後に 
4. 恋はお熱く 
5. 女呼んでブギ 
6. 勝手にシンドバッド 

SIDE 2 
1. お願いD. J. 
2. 奥歯を食いしばれ 
3. 思い過ごしも恋のうち 
4. 気分しだいで責めないで 
5. いとしのエリー 
6. I AM A PANTY(Yes, I am) 

シングル「C調言葉に御用心」リリース直後に編まれた、サザン初のベスト・アルバム。どうもこの後のものを眺めても、基本的にはシングルのリリース直後、かつ直近でオリジナルアルバムのリリース予定がない場合にカセットのみでベスト盤を企画していたようだ。

「勝手にシンドバッド」「気分しだいで責めないで」「いとしのエリー」「思い過ごしも恋のうち」と、デビュー以降のシングル・ヒットを全て網羅した内容である。ヒット曲が並び「いとしのエリー」で締まる…かと思いきや「I Am A Panty」で急速乾燥しそのまま終わる展開が味わい深い。なお、サザンのベスト盤は基本的にアルバムのマスターを使っているようで、これ以降もシングルとアルバムでミックス・バージョンが違うのものはほぼすべてアルバムのものが採用されている。

2023年現在も『10ナンバーズ・からっと』歌詞カードに記号しか書かれていない「奥歯を食いしばれ」、こちらの歌詞カードでは実際の歌詞が掲載されているのも美味しいポイントといえる(これは数ヶ月前にリリースされたオリジナルカラオケ集『オリジナル・カラオケ ベスト・12』の流れか)。

他方、先行シングルで歌詞が何も書かれていなかった「I Am A Panty」は記号で埋められている。


■KICK OFF!
1980.7.5. invitation(ビクター音楽産業) VCF-10008 
SIDE 1 
1. いなせなロコモーション 
2. 勝手にシンドバッド 
3. 私はピアノ 
4. 恋するマンスリーデイ 
5. 涙のアベニュー 
6. Hey! Ryudo!

SIDE 2 
1. ジャズマン 
2. 二人だけのパーティ~タイニイ・バブルス
3. To You 
4. C調言葉に御用心 
5. 青い空の心
6. いとしのエリー 

シングル「ジャズ・マン」リリース後に発売。タイミング的には“ファイブ・ロック・ショー”が完結し、5枚のシングルすべてを含んだベスト盤…にしたかったものの、途中でスケジュールがひと月ずれてしまったためそちらの完結を待たずに出してしまった、という状況か。おかげで「わすれじのレイド・バック」はリリース前で、未収録である。

シングルとアルバムでミックスの違う「Hey! Ryudo!」は、珍しくシングルのミックスで収録されている。

リリース後に高田みずえの「私はピアノ」カバーがヒットしたため、そののち『タイニイ・バブルス』LP帯同様同曲を大きくフィーチャーしたジャケットに変更されたようだ。



■アーリー・サザンオールスターズ
1980.12.5. invitation(ビクター音楽産業) VCF-30001 
SIDE 1 
1. 勝手にシンドバッド 
2. 別れ話は最後に 
3. 恋はお熱く 
4. 思い過ごしも恋のうち 
5. Let It Boogie 
6. いとしのエリー 
7. 私はピアノ 
8. 涙のアベニュー 
9. 恋するマンスリー・デイ 
10. C調言葉に御用心  

SIDE 2 
1. ごめんねチャーリー 
2. I AM A PANTY(Yes, I AM)
3. 青い空の心~No me? More no! 
4. JAZZMAN 
5. ひょうたんからこま 
6. いなせなロコモーション 
7. LOVE SICK CHICKEN 
8. わすれじのレイド・バック 
9. FIVE ROCK SHOW 
10. シャ・ラ・ラ 

シングル「シャ・ラ・ラ/ごめんねチャーリー」リリース後のベスト盤。LP2枚組に相当する、20曲約90分収録・定価3,800円の長時間ベスト盤である。デビューから“ファイブ・ロック・ショー”、そして最新シングルまでも「アーリー」として括るという、ある意味かなり前向きなタイトルがつけられている。実はデビュー3年を迎えたのち、ちょうど『ステレオ太陽族』より原盤制作会社が変わる…というまさに区切りのタイミングではあるのだが、さすがにそこまでの意味合いまでは含んでいないか。



■BEST ONE ’82
1981.10.21. invitation(ビクター音楽産業) VCF-30002
■BEST
1983? invitation(ビクター音楽産業) VCF-30002
SIDE 1 
1. 勝手にシンドバッド 
2. 恋はお熱く
3. 女呼んでブギ 
4. 思い過ごしも恋のうち 
5. いとしのエリー 
6. 私はピアノ 
7. C調言葉に御用心 
8. 涙のアベニュー 
9. 恋するマンスリー・デイ 
10. JAZZMAN 

SIDE 2 
1. いなせなロコモーション 
2. わすれじのレイド・バック 
3. ごめんねチャーリー 
4. シャ・ラ・ラ 
5. My Foreplay Music 
6. 恋の女のストーリー 
7. 我らパープー仲間 
8. ラッパとおじさん(Dear M.Y's Boogie) 
9. Big Star Blues 
10. 栞(しおり)のテーマ 

レコード会社のシリーズものとなるベスト盤。ビクターでは『Best One』というシリーズが先行して存在していたが、81年暮れに『Best One ’82』のタイトルで全189タイトルがリリース。国内ミュージシャンのみならずビクターが配給している洋楽、果てはビクターが当時販売を委託されていた外部原盤(アルファレコードであればYMO、荒井由実、Quincy Jonesなど…)のベスト盤が緑色の共通ジャケットでリリースされている。この中にサザンもラインアップされており、中身はというとデビューから最新作『ステレオ太陽族』「栞のテーマ」まで20曲を年代順に収録した、優等生的な偏りのない内容である。

各『Best One ’82』は82年が終わる=発売から1年を迎えると廃盤になっていったが、サザンのこのタイトルはそれなりに売れていたのか、のち(ジャケット裏の注意書きが82〜84年のスタイル、またジャケットのアルファベットのバンド名が『綺麗』「Emanon」期風のフォントなので、83年後半あたりか)にタイトル・ジャケットを一新、シリーズから独立。『Best』のタイトルで同じ内容・同じ規格番号のまま、20曲入りカセットが廃盤となる90年代半ばまでカタログや店頭に残り続けた。

『Best One ’82』の“One ’82”を消しただけ、という安易な変更が素晴らしい。



■メタル・スーパーベスト
1981.12.20. invitation(ビクター音楽産業) MVH-1001

SIDE 1 
1. いとしのエリー 
2. 私はピアノ 
3. C調言葉に御用心 
4. 涙のアベニュー 
5. 恋するマンスリー・デイ 
6. JAZZMAN 
7. いなせなロコモーション 
8. わすれじのレイド・バック  

SIDE 2 
1. ごめんねチャーリー 
2. シャ・ラ・ラ 
3. My Foreplay Music 
4. 恋の女のストーリー 
5. 我らパープー仲間 
6. ラッパとおじさん(Dear M.Y's Boogie)
7. BIG STAR BLUES 
8. 栞(しおり)のテーマ  

カセットの磁気テープには複数のポジション(Type)が存在し、ノーマル(Type I)・クローム/ハイポジション(Type II)、フェリクローム(Type III)が70年代半ばまでに出揃っていた。70年代末にさらなる高音質を謳うメタル・ポジション(Type IV)が登場。この当時レコード会社がリリースしていたミュージックテープはおおかたノーマルであったが、80年代に入ると、並行してメタル・ポジションのミュージックテープもリリースされるようになる。といっても、高音質が売りであるため、価格も若干高めに設定されており、大きな売上につながらなかったのかさほどリリース数は多くなかった。

この『メタル・スーパーベスト』は、メタルポジションのテープを使用したベスト盤で、『Best One ’82』同様、ビクターのシリーズものの一環である。ということでか2ヶ月前リリースの『Best One ’82』冒頭4曲を削っただけという、安易過ぎる選曲となっている。12曲でも20曲でもなく、16曲入りだがこれはたまたまのちのCDサイズの収録内容だ。当時の価格は¥3,300。なお、サザンのメタルテープはこのベスト盤と『ステレオ太陽族』(1981.8.5. invitation MVH-3)の2作のみのリリースであった。

他のタイトルと異なりカセットチャートには入ることなく、ビクターの年鑑を見てもかなり早く、84年ごろには廃盤となったようだ。

これはレアすぎて所有していないので、広告の画像でご勘弁を….



■Shout!
1982.5.1. invitation(ビクター音楽産業) VCF-10097
SIDE 1 
1. チャコの海岸物語 
2. 翔(Show)~鼓動のプレゼント 
3. 栞(しおり)のテーマ 
4. 朝方ムーンライト 
5. ムクが泣く 
6. 素顔で踊らせて 

SIDE 2 
1. タバコ・ロードにセクシーばあちゃん 
2. 働けロック・バンド(Workin’ for T.V.) 
3. 奥歯を食いしばれ 
4. シャ・ラ・ラ 
5. いなせなロコモーション 
6. いとしのエリー 

シングル「チャコの海岸物語」大ヒット中に急遽?発売。ジャケットもシングルのものをそのまま流用するというわかりやすさで、「チャコ〜」のヒットに伴いこちらのアルバムもヒットを記録したようだ。「オリコン・アルバム・チャートブック<完全版>1970〜2005」によるとオリコンカセットチャート最高位1位、売上数207,120本とのこと。

『カセット・ライフ 1982年6月号』(シンコーミュージック、1982)のカセット・レビューによると、桑田本人の選曲ということである。確かにジャケットとは打って変わって何らかの意思を感じる選曲で、特にA面終盤〜B面中盤の渋い流れに選曲者のこだわりを見ることができよう。後年の『Happy!』に通じるものがある。

本作から録音時にドルビーNR方式でエンコードされるようになる。これはカセットのレギュラーリリースが終了となる96年まで続く。



■SUPER BEST バラッド ’77〜’82
1982.12.5. invitation(ビクター音楽産業) VCF-30004
■バラッド ’77〜’82
1985.4.21. invitation(ビクター音楽産業) VDR-9001~2(CD)
SIDE 1 
1. 朝方ムーンライト 
2. ラチエン通りのシスター 
3. 私はピアノ 
4. Just a Little Bit 
5. シャ・ラ・ラ 
6. 涙のアベニュー 
7. 松田の子守唄 
8. 夏をあきらめて 
9. 別れ話は最後に 
10. いとしのエリー 

SIDE 2 
1. 恋の女のストーリー 
2. ひょうたんからこま 
3. 恋はお熱く 
4. わすれじのレイド・バック 
5. Oh! クラウディア 
6. 働けロック・バンド (Workin’ for T.V.) 
7. Ya Ya あの時代を忘れない 
8. 流れる雲を追いかけて 
9. 思い出のスター・ダスト 
10. 素顔で踊らせて 

シングル「Ya Ya あの時代を忘れない」リリース後に発売。ビクターの20曲入り『Super Best』シリーズ(全10タイトル)の一環ではあるが、他タイトルはほとんどが特色のないベストものなのに対し、サザンのこれのみ、既存作品と変化をつけるためかバラードに特化したベスト盤となっている。

年代順でもない凝った曲順・選曲だが、発売当時の広告によると「デビュー以来、最新ヒットの「YaYa」までサザン自身の選曲、構成によるきわめつけのバラード20曲!!」とあるので、『Shout!』に続き、メンバーの意向が反映された内容になっているようだ。

リリース後早々にオリコンカセットチャートでは1位を記録。その後4ヶ月ほど20位以上をキープし続けたところで、83年5月に「いとしのエリー」をはじめ劇中にサザンの旧譜が流れるTBS系連続ドラマ「ふぞろいの林檎たち」が放送。この効果もあってかドラマ終了後の10月まで20位以上に食い込み続け、年末にようやくベスト100圏外へ。翌84年は夏から秋にかけて圏外から再登場。85年3月には「ふぞろいの林檎たちII」が放送開始。4月に再び圏外から復活、夏には20位以上まで上昇し、年末まで100位以上に登場し続けている。そして翌年以降も、毎年夏に圏外からチャート・インを繰り返すという、超ロングセラー・アルバムとなるのだった。88年6月時点で、オリコンカセットチャート史上最高の128週チャートイン記録を達成したという『ウィークリー・コンフィデンス 1988年6月20日号』オリジナル・コンフィデンス、1988)。チャート統合前の、カセットのみの売上数は546,430本「オリコン・アルバム・チャートブック<完全版>1970〜2005」)

「ふぞろいの林檎たちII」のオンエアに合わせたのか85年4月にはサザン、そしてビクター音楽産業の国内ポップスもので初の2枚組CDとしてCD化。

CD用のマスターを改めて用意したようで、「Oh! クラウディア」の冒頭のフェイドインが緩やかになっている。また、“Super Best”がタイトルから外れシリーズから独立。ブックレットにはライブの写真が追加されている。といっても松田はシモンズ・関口はスタインバーガー、原もJupitor-6を使っていそうで、さらには矢口博康と思しき人物も写っている。おそらく当アルバム内容の時期からは外れた、84〜85年のライブのものとみられる。
このあたり、なんともおおらかな時代である。そもそも、デビューが78年であるにもかかわらずタイトルを「’77~’82」としてしまっているのも相当おおらかである。


■原由子 with サザンオールスターズ
1983.12.16. TAISHITA(ビクター音楽産業) VCF-10174
SIDE 1 
1. そんなヒロシに騙されて 
2. かしの樹の下で 
3. ボディ・スペシャルⅠ 
4. ボディ・スペシャルⅡ 
5. 南たいへいよ音頭 
6. 私はピアノ  

SIDE 2 
1. 東京シャッフル 
2. 流れる雲を追いかけて 
3. EMANON 
4. シャッポ 
5. Ya Ya(あの時代を忘れない) 
6. NEVER FALL IN LOVE AGAIN 

シングル「東京シャッフル」リリースに伴うベスト盤。「東京シャッフル」の収録と同時に、原由子ヴォーカル曲を大きくフィーチャーしようという若干強引な内容だ。原由子ソロ第2作『Miss Yokohamadult』リリースのタイミングに乗じた企画ともいえる。といっても当時のサザン名義で原のヴォーカル曲はそこまで多くなく、『綺麗』収録曲や直近のシングルなどで彩りを添えている。

時代の流れが変わったのかこの作品を最後に、ベスト盤のリリースは一段落する。



■BALLADE 2 ’83〜’86
1987.6.21. TAISHITA(ビクター音楽産業) VCF-30007(CT)、VDR-9049〜50(CD)
SIDE/DISC 1 
1. かしの樹の下で
2. 愛する女性とのすれ違い
3. あっという間の夢のTonight
4. Bye Bye My Love(U are the one)
5. Never Fall In Love Again
6. 鎌倉物語
7. 海
8. Please!
9. サラ・ジェーン
10. 夕日に別れを告げて〜メリーゴーランド

SIDE/DISC 2 
1. シャボン
2. Japaneggae(ジャパネゲエ)
3. Melody(メロディ)
4. 女のカッパ
5. Long-haired Lady
6. EMANON
7. 星空のビリー・ホリディ
8. 悲しみはメリー・ゴーランド
9. 旅姿六人衆
10. Dear John

87年の夏、サザン/桑田作品を出すことができない・というか出すものがなかったタイミングでリリースされたと思しき、『バラッド』の第二弾。そういう意味ではすでに『すいか』の前哨戦的な存在ともいえよう。タイトルは85年までの選曲にもかかわらず「’83~’86」と、またしても1年多い、第一弾と同じおおらかなミスを犯している。

Kuwata Band『Rock Concert』然り、この頃になるとこの手の作品もアナログレコードは出なくともCDが同時発売されるようになる(87年にCDがレコード・カセットの売上金額を凌駕、翌88年には生産数も凌駕することになる)。ベスト盤もカセット・オンリーというサブ的なメディアの世界から、LPの代替品としてのCD、つまりメインメディアの世界に侵食していくのだった。そういったこともあってか本作から、ベスト盤でもようやくプロデューサーほかスタッフのクレジットが登場。「Produced by Southern All Stars」「Co-produced by Takeshi Takagaki」の記載がある。

CD帯やライナーには「Digital New Mastering」のロゴと説明が入っている。エンジニアのクレジットは無いが、いよいよポップス旧譜でもCD用のリマスタリングがひとつの付加価値として提示される時代に入っていく。

ちなみに本作の「女のカッパ」、現行盤CDやそのマスターを使用している配信・ストリーミングの『人気者で行こう』収録バージョンより冒頭のSEが数秒長く収録されている。実は本作の編集がオリジナルで、『人気者で行こう』LP・カセットに収録されていたもの。2週間遅れで出た『人気者で行こう』CD用のマスタリング時、SE部分をそのまま無音の曲間扱いにしてしまった(ノイズと判断して消してしまった?)ようだ。そして現行の2008年リマスターCD『人気者で行こう』でも、過去のCDに準じた編集となっている。そのため、オリジナル・エディットはこちらでしか聴けないというねじれ現象が現在も発生したままである。



■すいか SOUTHERN ALL STARS SPECIAL 61 SONGS 
1989.7.21. TAISHITA(ビクター音楽産業) VDR-10001〜4(CD)、VCF-8001〜4(CT)


Vol.1 1978〜1980
1. 勝手にシンドバッド
2. 別れ話は最後に
3. 当って砕けろ
4. 恋はお熱く
5. 瞳の中にレインボウ
6. 女呼んでブギ
7. お願いD. J.
8. 思い過ごしも恋のうち
9. LET IT BOOGIE
10. いとしのエリー
11. タバコ・ロードにセクシーばあちゃん
12. 私はピアノ
13. 涙のアベニュー
14. TO YOU
15. 恋するマンスリーデイ

Vol.2 1980〜1982
1. C調言葉に御用心
2. I AM A PANTY(YES, I AM)
3. 青い空の心(NO ME? MORE NO!)
4. いなせなロコモーション
5. ジャズマン(JAZZ MAN)
6. ひょうたんからこま
7. わすれじのレイド・バック
8. シャ・ラ・ラ
9. ごめんねチャーリー
10. MY FOREPLAY MUSIC
11. 朝方ムーンライト
12. BIG STAR BLUES(ビッグスターの悲劇)
13. 栞(しおり)のテーマ
14. チャコの海岸物語
15. 翔(SHOW)〜鼓動のプレゼント 

Vol.3 1982〜1983
1. 夏をあきらめて
2. 流れる雲を追いかけて
3. 匂艶THE NIGHT CLUB
4. 逢いたさ見たさ病めるMY MIND
5. 女流詩人の哀歌
6. Ya Ya(あの時代を忘れない)
7. シャッポ
8. ボディスペシャルII
9. マチルダBABY
10. かしの樹の下で
11. そんなヒロシに騙されて
12. NEVER FALL IN LOVE AGAIN
13. EMANON
14. 東京シャッフル
15. STILL I LOVE YOU

Vol.4 1984〜1988
1. JAPANEGGAE(ジャパネゲエ)
2. ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)
3. あっという間の夢のTONIGHT
4. シャボン
5. 海
6. 愛する女性とのすれ違い
7. 死体置場でロマンスを
8. HAPPY BIRTHDAY
9. MELODY(メロディ)
10. 吉田拓郎の唄
11. 鎌倉物語
12. BYE BYE MY LOVE(U are the one)
13. 星空のビリー・ホリディ
14. 怪物君の空
15. おいしいね〜傑作物語
16. みんなのうた

前回記事のとおり、89年の夏に新譜が出せないということで会社側からの要望を受けた桑田が、本意ではないものの「一緒に働いたものとしてはやっぱりね、ボーナスも欲しいだろう、これだけ言ってくるからにはやっぱり、よしわかった最後には信頼しなくちゃいけない(『ロッキング・オン・ジャパン 1990年3月号』ロッキング・オン、1990)ということでリリースされたベスト盤。すでにアナログレコードの売上を凌ぎメインメディアとしての堂々たる地位を確立していたCD、そしていつものカセットの2形態でリリースされている。内容はデビューから88年のシングルまで10年分61曲を年代順に収録した、良くも悪くもあまり偏りのない選曲。ディスコグラフィと最新写真を掲載したブックレット・トランクス&パンティがすいか柄の缶に収められたボックス・セット…という豪華仕様であった。

『Ballade 2』に続き「Produced by Southern All Stars」の記載、さらにこちらも帯に「Digital New Mastering」「全曲デジタルマスタリングにてクリアーなサウンドで再編集」とある。マスタリングエンジニアが4名(今井邦彦、川崎洋、平沼浩司、武田憲二)もクレジットされていることから、1枚につき1名でそれぞれマスタリングしたのだろうか。

前回のとおり、予定プレス数に対し予約が上回ってしまった(予定プレス数や実際の売上数は当時の雑誌記事・オリコン売上数、時を隔てて現在の公式サイト・公式データブックなどでかなり違っているため、あまり気にするものでもなさそうだ)ようで、その影響かUSプレスのディスクが存在する。1セットの中に日本プレス・USプレスのディスクが混在しているものや、そうでないものなど多数の組み合わせが存在するようだ。
USプレスには「Manufactured In USA And Distributed By Victor Musical Industries Inc., Tokyo, Japan」の記載がある。

リリースの半年後に「スイカじゃないけど置いときゃ腐るもんでしかないでしょ?もうあれは腐ってしまってますよ」とまで桑田は語ったが、ここでしか聴けないレア音源なども入っていないにもかかわらず、30年以上経った今でも中古市場では定価割れしていない状況だ。ただし、CDにはアルミ蒸着部分が腐食してしまう、80年代の旧スポンジ緩衝材がデフォルトで入っているため、特にDISC2・4の状態は要注意(これはCD『バラッド』『kamakura』『Ballade 2』の黒ケース=80年代プレスも同様。スポンジは直ちに破棄したほうが良い)。桑田の予言どおり、ディスクが腐ってしまっている可能性がある。

2023年10月7日土曜日

1989 (1) : 現役のナツメロ・バンド

年始に元号が「平成」に変わり、消費税が導入された1989年の4月。サザンオールスターズのニューシングル「女神達への情歌」がリリースされる。


MVを制作し、映像メディアでも同時にリリースされたため、シングルはいつもの3インチCD・7インチ・カセットに加えVHS、翌5月にはVHS-C・VHD・8インチLD、とこの頃ならではの多様な、計7形態で発売されている。


***


「女神達への情歌」はクールなトラックに桑田のブルージーなヴォーカルと、これまたクールなワンマン多重コーラスが乗った、「みんなのうた」とは全く印象が異なるこちらも意欲作であった。サウンド・コンセプトは「原点回帰」であることを桑田は複数のインタビューで口にしている。

— はじめにサザンオールスターズの新曲「女神達への情歌」の制作意図からお話しください。
桑田「まずいえるのは「みんなのうた」(88年6月)とは次元が違うということです。「みんなのうた」って、アマチュアっぽさバンザイ的な部分があって、それに関してはプロとして反省したの。まぁ、ここまできたら、怖いものはない!みたいなのもあるけど、「勝手にシンドバッド」(78年6月)を出す以前のサザン、下北沢のライブハウスでやってた頃の感覚がよみがえってきて、この曲ができた。今回の曲は”産業的な作為”がないです。」
— 早い話、売れ線狙いではない、と。
(略)
デビュー以前の気持ちというと、当時のお気に入りバンドのこととか思い出したりもしたんですか。
「やっぱりリトル・フィートなんですよ。正しい人間になって音楽やろうとすると、必ず出てくるバンドなんです。やっぱり、自分たちにとってのロック・スピリットを確認したかったしね。今度の曲って、全体にエコーを少なくしたんだけど、それもロック・スピリットの現れだと思ってください。
(『FM Station 1989年 No.6』ダイヤモンド社、1989)

— 今回のニュー・シングルのテーマは原点回帰だとか?
「や、単に煮詰っただけ(笑)。ていうか、ブルースがやりたかったのね。『勝手にシンドバッド』でデビューする以前、アマチュア時代のサザンっぽいイメージ。プリミティヴな手触りをもう一度確かめてみたかったんだ。ある意味では、このシングルがいまレコーディング中のニュー・アルバムのパイロット版的存在になると思うけど。」
— プリミティヴなものを見直そうと思ったのはどんなキッカケで?
「(略)たとえば、ボ・ガンボスとレピッシュとプライベーツと……。これ、たぶん5〜6年前だったらほとんどいっしょくただったんじゃないかな」
— ロックという枠でひとくくり。
「そう。だけど、今はその辺の微妙なテイストの違いを、みんなかぎわけてるでしょ。受け取る側の感覚とか、マスコミの意識とか、あとミュージシャン本人たちの出どころが変わってきたとか。いろいろ理由があると思うんだけど。立ちはだかる歌謡曲の巨大な壁っていうのも、今がもうないしね。(略)」
— 歌謡曲という言葉が意味する音楽形態自体が変わったのかもしれない。
「かもしれないね。とにかく、そういう音楽性の差とか違いとかをあえて極端に打ち出しながら、産業ロックの法則にのっとって活動しなくてもわかってもらえる時代なんじゃないか、と。産業ロック、イコール歌謡曲だからさ。その法則にのっとってがんばるっていうのは、ね。いまとなっては、あんまり刺激ないし。」
— で、いきなりリトル・フィート。
「ほら、今も年寄りのミュージシャンが根強くやってるでしょ。キース・リチャーズとかスティーヴ・ウィンウッドとかブライアン・ウィルソンとか。ああいう永続性っていうのかな。特にブライアン・ウィルソンのアルバムなんか聞いてて、すごくうれしかったの。別に何か新しいことやってるわけでもないんだけど、かといって古さとか、いやらしさとかも感じさせないし。自分の世代と自分の音楽に対して忠実な姿っていうか、そういうものを平然と出してるじゃない。ナチュラルだなって思うわけ。
(『SPA! 1989年3月16日号』扶桑社、1989)

「デビュー以前のサザンをね、やりたいっていう……。ま、それは言葉の上だけだけども、精神はそうだよね。ブルースっていうか、そういう古くせえもんをやりたいと思った。クールなんだけど、熱い!っていう。」
(略)
「今年はもう一度出直しっていうか、さっき言ったようにデビュー・アルバムってものにものすごく憧れがあるんだよね、俺は個人的に。」
(略)
「自分たちも、マスコミに登場したサザンに合わせて自分たちをコントロールしだしたところがあったじゃないですか。それはとっても楽しかったけど、ほんのちょっぴり残念だった。やっぱりブルースとか、暗い音楽ね、体験音楽、自分たちでやることに意味があるっていう音楽のフィールドね。だってサザンロックのサザンなんだから。そうやりたいなって、いまさら(笑)。
 サザンロックのサザンはいつしか南のサーフィンの方にいっちゃったんだ(笑)。そっちの方の業界に流れちゃった。それは俺も悪いんだけど。いつしか加山雄三と並べられることに快感を覚えてきましたからね。
 でも本来、グレッグ・オールマンのつぶやきとか、レオン・ラッセルのバター犬のようなボーカル、何というか女性の恥部をなめるような歌い方というかバンドというか、ネトネトしたのがやりたくなったわけですよ。まあ俺の言ってることなんて4カ月くらいとかで変わってしまうんでしょうけど(笑)。」
(『ワッツイン 1989年3月号』CBS・ソニー出版、1989)

サウンド作りの面では、ここで門倉聡・菅原弘明コンビが登場する。共同アレンジャー、キーボードでクレジットされた門倉は藤井丈司の人選で桑田ソロ「愛撫と殺意の交差点」にて初登場。88年春の原由子ソロシングル「春待ちロマン」を経て、今回サザン名義のレコーディングにも参加することとなった。プログラマーの菅原は当時オフィス・インテンツィオに所属しており、高橋幸宏『...Only When I Laugh』や高橋の関連作(Beatniks、高野寛)、坂本龍一『Neo Geo』などで活躍していた。2名を迎えたこのレコーディングで、桑田はかなりの手応えを感じたようで、「女神達への情歌」は桑田のフェイバリット・ナンバーとして後年も語られることになる。

「僕が思うサザンのベスト5に入るナンバーですよ。この曲と「勝手にシンドバッド」「真夏の果実」、あと一つか二つかなというぐらいなんだ、俺は。「ニッポンのヒール」とかもそのなかに入りますけどね。これをやっているときの門倉君と菅原君の相性が僕にすごく合った。これ以上言うと、コード進行がどうのとか、何だかワケがわからなくなっちゃうけど、まずコード進行は、イイよね(笑)。あとガットギターでやったギターのリフ。それとあとは歌詞とコーラス。あらゆる出来映えを考えてベスト・テイクだと思うもん。俺が初めてデモ・テープらしきものをウチで作って持っていった。クソみたいな内容だったけど、デモテープらしきものに聞こえたのはあれが最初で最後じゃない?」
(『月刊カドカワ 1992年12月号』角川書店、1992)

イントロは各種シンセのリズムとガットギターのリフからスタートする。ガットギターというと同時期に録音が開始された「稲村ジェーン」用セッションが想起されるが、実際、そこからのフィードバックが行われている。「Tsuneishi Group Saturday Night Cruise 桑田佳祐のやさしい夜遊び」Tokyo FM, 2008.6.28.)にて、この曲のギターは「稲村ジェーン」用レコーディングで登場したばかりの小倉博和が考案したリフであることを桑田は明かしている。「今回はちょっとブルージーなものを作りたくて、あの出だしのリフから作った。」(『シンプジャーナル 1989年6月号』、1989)という発言とあわせると、前述の桑田のデモテープは小倉と作ったものなのかもしれない。このガットギターのアレンジひとつにしても、桑田はかなり気に入っていたようだ。
「「女神達」は、「KAMAKURA」とか「みんなのうた」とかのギターを超えたところがあるんだ。エレキもそうだし、ガットギターも大森がやってるけど、ひとつのアンサンブルをね、オーケストレーションというか、ギターで作っているんだ。あの曲はほとんどがギターとコーラスで支えているんだよ。
(『代官山通信 Vol.23 Jul. 1989』サザンオールスターズ応援団、1989)

桑田の凝ったワンマンコーラスもサザンでは初で、前年のソロから継続登場となる。「忘れられたBig Wave」とどちらが先に着手されたのか不明だが、両方とも同じタイミングで、門倉によるコーラス・アレンジということになるだろう。
— 全体のコーラス・ワークも後期のビーチ・ボーイズみたいに実験性に富んでいて、思わず引き込まれたんですがあれは桑田さん一人でやったんですか。
「うん、好きなんですよ。一人のコーラスが。達郎さんじゃないけれども。自分一人でコーラスをやって、みんなでやるのとは違う倍音が聴こえてくるのが面白くて。」
(『シンプジャーナル 1989年6月号』)

さて、デモから実際のアレンジについては、おそらくこの曲からサザンはこれまでと作業順序を変えている。『kamakura』までのサザンはバンドのヘッドアレンジでシミュレーションを行い、そのあとコンピューターが登場する…という順序であった。以下は関口和之86年ソロ作リリース時のインタビューより。
関口和之「彼(引用者注:米光亮)の自宅のスタジオに16chのレコーダーがあるので、ドラム、ベース、キーボードの、すでに決まっているフレーズはそこで打ち込んじゃったんです。それをレコーディング・スタジオで24chにたちあげて、生音とさしかえたり、ダビングしたりしてね。コンピューターのアプローチとしては、サザンと逆。サザンの場合、まずバンドで音を出してみて、ベースやドラムをコンピューターにさしかえていく。」
(「キーボード・スペシャル 1986年3月号」立東社、1986)

しかしこの曲はシンセとコンピューター(門倉と菅原)でシミュレーションを行ったのちに生音をダビングしていくという、関口や桑田ソロの手法を流用したものと思われる。
「で、今年89年にレコードとしてサザンが復活するんだけど、そのためのハズミをつけるためにこのシングルを慎重にやりたかった。メンバーが集まった時に言ったんだけど、設計図を引くようにアレンジをやろうって話をしたんだよね。せーので全員でボカーンとやって終わりっていうんじゃなくてね。」
(『ワッツイン 1989年3月号』)
この後のアルバム・セッション一曲目、「悪魔の恋」の今井邦彦コメントからもそれは伺える。
M③「悪魔の恋」
 アルバム・レコーディングの最初の曲です。シンプルなリズム・パターンですが、ドラムは打ち込みで、おかずなどシミュレーションしてから叩く、というやり方をしました。
(今井邦彦「レコーディング実話 Southern All Stars/サザンオールスターズ」『Sound & Recording Magazine 1990年3月号』リットーミュージック、1990)

冒頭で引用した桑田コメントでは何度もLittle Featの名が挙がっているが、イントロのビートは「Dixie Chicken」でも、例えば79年の「I Am A Panty(Yes, I Am)」のように比較的そのまんまというアプローチではない。クールな響きはSteely Dan「Babylon Sisters」や、Donald Fagenバージョンの「Ruby Baby」の匂いも感じられる。そこに原点回帰的な泥臭いLeon Russel風ヴォーカル、洗練された桑田のひとりManhattan Transfer(実はコーラスのみならず全体が85年「That’s Killer Joe」の雰囲気もある)・Beach Boys風コーラスが絡んでいくという意外性の連続の世界。おそらくマニュアル・プレイのリズムは入っておらず(たまに入るスネアは生?)、菅原の打ち込んだシンセと門倉のキーボード、大森のガット+エレキギターと桑田の各種ヴォーカルでいかに「クールなんだけど、熱い」サウンドを構築するか、ということに念頭が置かれた録音だったのだろう。小林武史の参加はないようだが、またしてもグロッケンが要所要所で効果的に使われており、すっかり桑田のお気に入り楽器になったことがうかがえる。

サザンというバンドにしてはマニュアル・プレイの出番は少ないが、これも意図的・時代的なものだったようだ。
「要するにブルースっていう古臭いものをそのままやると、どんどん古臭くなって下手すると関西ブルースになるからね。例えばオルガンの音でも本当のハモンドでやると今やかえってアングラになるから、それをシンセであえてやると、何となくマゴウことなきシンセがハモンドの音に聞こえたりするっていう効果を狙ったんだけどね。できるだけ限定されない形でブルースやって、結果としてトラディショナルな音楽形態のものを作りたかったんです。」
(『シンプジャーナル 1989年6月号』)
ソロでも同じような発言をしていたが、ルーツをそのまま再現するのではなく、トレンドの手法・音色と組み合わせることで今を生きるサウンドに仕上げる、という方法論を今回も用いたということになる。

エンジニアはこれまでどおり今井邦彦が担当。桑田ソロでは桑田のサウンド追求癖に根気よく付き合ってきた今井だが、今回はサザン名義の録音でも桑田が同じくギリギリまで粘るようになっているのがコメントからわかる。
M⑧「女神達への情歌」
 このアルバムのコンセプトとなった曲です。ヴォーカルとコーラスのからみが中心となって、いろいろな楽器が、オンで出てくるところがミソ。間奏のシンセは、プロフェット5を、コンソールのプリアンプで歪ませたものです。ほど良い歪みと渋いフレーズで、不思議な感じです。
 この曲はPCM-3324とアナログ・スレーヴを使ったため、コーラスの孫スレーヴまでできてしまいました。
(今井邦彦「レコーディング裏話 Southern All Stars/サザンオールスターズ」)
今井「『女神達〜』で思い出深いのは、自分なりにミックスの手応えがあって、桑田さんも作業を終えた夜、「最高の出来だね」って電話をくれたのに、それから2日ぐらいしたら、「もう一回ダビングをしたいんだけど」と言われて(笑)。ミックスが終わったやつをもう一回デジタル・マルチに入れて、違うチャンネルにスネアを足しました。」
(「サザンオールスターズ公式データブック 1978-2019」リットーミュージック、2019

さて、歌詞についても言及しておこう。このサウンドに乗って、アダルトビデオを鑑賞する男を描くというなんともユニークな、風刺のようで自虐的でもあるテーマ、他の追随を許さない作詞家・桑田の真骨頂ともいえる。歌詞もベスト、と自身でも語っていたが、このテーマはどこから発想されたのか。
時代が呼んでるのは非常にコンビニエントなものでしょ。マンションの一室とモニターとちょっとした消費財。それがぼくらを含めて中堅どころ社会人のステイタスだったりするわけでしょ。世界のニュースから何から、ビデオをピッとやればまかなえる。密閉された中での熱狂というか。それを皮肉ってやりたいってのはありましたね。」
(『スコラ 1989年4月27日号』)

密閉された中での熱狂」というと、スタジオにこもってコンピューターとシンセでシミュレーションしながら「クールなんだけど、熱い」サウンドを目指したこの曲の制作体勢がそのまま当てはまる。おそらくそんなサウンド・コンセプトをなぞった、皮肉ったテーマとして、アダルトビデオ鑑賞が発想されたということなのではないだろうか。そして、「みんなのうた」制作前に語っていた都会・日常生活、というコンセプトがやっと叶ったといえる。ある意味では、これも「シティ・ミュージック」なのだ。

「今度のシングルなんか—できてませんけど(笑)、あたかもできたように言うとね—視点がもう大ズレ、見てる範囲が狭い狭い。やっぱりサザンはですね、避暑地を捨ててですね、レジャー、バカンスを捨てて、そう!サザンはバケーションを捨てます。バケーションを捨てて都会に上陸しようと思ってるの。スキー場も海も捨ててですね、もうリゾートしないの。本当の日常生活にもどっちゃおうかなって言う気がしてんですよね。
(略)
— (笑)すごいですね。できてないのに言っていいんですか。
「(笑)できてないから言えるんだけど。ほんと、ボキャブラリー一切変えますから」
— 楽しそうですね。
「でもそれは、僕バンド活動としては夢だったですよね。僕らリトル・フィートのコピーしたりさ、E・クラプトンの真似したりしてずっときたでしょう。それがだんだんサザンのカラーっていうのができちゃったんだよね。だから、そうじゃないカラーっていうのを、最近私はね、ヒシヒシと感じるんです。」
(「ロッキング・オン・ジャパン 1988年7月号」ロッキング・オン、1988)

英詞部分をネイティブの感覚に寄せるためか、Kuwata Bandからの縁でTommy Snyderを補作詞として起用。これ以降、2002年まで数々の桑田作品に英語補作詞としてTommy Snyderのクレジットがある。


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「女神達への情歌」完成後に即アルバムのレコーディング開始…とはいかず、ホイチョイ・プロダクションズ原作・馬場康夫監督の映画「彼女が水着にきがえたら」主題歌のオーダーを受けたサザンは、そちら用に新曲を制作することになる。同じ原作・監督の体制での第一弾、87年「私をスキーに連れてって」は松任谷由実の旧譜を使用した映画だったが、「彼女が水着にきがえたら」ではサザンの旧譜を使用することに決定。さらには、書き下ろしの新曲を主題歌に据えることになったのであった。89年6月にリリースされたのが「さよならベイビー」である。

――この映画で気になるのは、サザンオールスターズの音楽は最初から決まっていたのかということなんですけれど。 
馬場康夫「いや、実のところ当時はサザンオールスターズのことは全く興味がなかったんですよ。もちろん今は大好きですよ。なぜ興味がなかったかというと、桑田佳祐さんは僕より2つ年下なんです。ユーミンは僕よりひとつ上だったから学生時代に聴いていて染み付いているんですけど、サザンは僕が社会人になってから出てきたのであまり聴いていなかった。だから、フジテレビからサザンの音楽を使いたいという話があってから、じっくりと聴き込みましたね。でもサザンよりも桑田さんのソロ・アルバム『Keisuke Kuwata』のほうをとても気に入ってしまったんです。それで、「いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)」をどうしても使いたいとお願いしたら、桑田さんも「いいよ、あれもいい曲だね」って感じで使わせてくれたんです。」
(略)
「『彼女が水着にきがえたら』で、「いつか何処かで」が流れるシーンがあるじゃないですか。さっきお話した鐙摺(あぶずり)の電話ボックス前で主役の二人がすれ違うところ。桑田さんはあのシーンに使われるものだと思って、「さよならベイビー」を書いてくれたんです。消えた夏灯り、戻れない乙女っていう歌詞を読めば、意識して書いてくださったのがわかりますよ。でも、あのすれ違いのシーンには、僕はどうしても「いつか何処かで」を使いたかったので、「さよならベイビー」ができ上がってきた時に頭を抱えたのを覚えています(笑)。結局は、オープニングでうまくはめることができました。」
(実は「さよならベイビー」は、主役の二人がすれ違うシーンを想定して桑田佳祐さんが書かれてたんです。ホイチョイ・プロダクションズ 馬場康夫 ロングインタビュー 第2回

「女神達への情歌」がその後のサザンのアルバムのパイロット的な位置に置かれようとしていたのに対し、こちらはあくまで映画のため職業作家的に提供した曲、という意味合いが強かったようだ。
桑田「アレは、つまり「彼女が水着にきがえたら」と言う映画のためにつくりましたから。サザンのアルバム用と言うよりはあの映画用としてね。監督の馬場さんを通して、主演の原田知世さんとか伊藤かずえさんの役どころのイメージに基づいて作ったと言う部分があるからね。あの映画を盛り上げるためのものなんだよ。
(『代官山通信 Vol.23 Jul. 1989』サザンオールスターズ応援団、1989)

馬場が「いつか何処かで」を気に入ったというエピソードを踏まえてというわけでもなかろうが、ソロ・アルバムを経たポップス歌手桑田の繊細な、こだわりのあるヴォーカルがなにより素晴らしい。低めの地声とファルセットを行き来する唱法も珍しいアプローチだ。サウンド作りはというと「女神達への情歌」の手応えを踏まえ引き続き門倉をアレンジャーに迎え、門倉・菅原コンビ、さらに今回はプログラミングにおなじみ藤井丈司もクレジットされている(同時期の後藤次利による工藤静香用セクションの顔ぶれだ)。この面々による、ほどよくトロピカルなレゲエ・ラヴァーズロック風味のトラックで、湿度高めな楽曲とのバランスを取っている。下記で今井が語るように終盤でリズム隊がマニュアル・プレイにはなるものの、基本的には今回もクールなマシンのビートが心地よく(TR-808のカウベルも印象的だ)、この手の桑田のヴォーカルとも相性が良い。相変わらずレコーディングはすんなりといかず、時間をかけた録音となったようだ。

M11「さよならベイビー」
 「彼女が水着にきがえたら」のテーマ・ソングなので、お馴染みの曲でしょう。この曲だけ、ヴォーカルはシュアーSM57で録ってます。多少、他の曲と歌の感じが違うのがわかります?リズム(ドラム、パーカッション)でもめた曲で、相当細かい打ち込みをしています(他の曲でもそうですが)。前半打ち込みドラム、大サビから生ドラムと生ベース、最後は生ドラムと打ち込みベースと、48chフルに使ってます。
(今井邦彦「レコーディング裏話 Southern All Stars/サザンオールスターズ」)

桑田「いま聴くとアレンジ的にアチャーッ!って感じもあるんだけど、その時はけっこうこだわって作った。コンピュータのリズムとかね。とにかく追求癖がついてたから、何かちょっとでも気に食わないことがあると詰めてましたね。
(『月刊カドカワ 1992年12月号』)


また、映画にインスパイアされて作った曲、というのもこの時期大きなポイントだろう。馬場から映画の内容・シーンの説明を受けての作曲だったようで、馬場のコメントどおり、特定のシーンに使われることを想定したことが功を奏したようだ。当時の桑田の場合、こういったオーダーを受けての、ストーリーに寄り添った曲作りというのは珍しい。たまたまだろうが、この年の秋には桑田自身の監督作品の撮影が予定されていた。クランクアップ後、その映像に触発され、桑田は追加で新曲の制作を行うこととなる。


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「女神達への情歌」の攻めの姿勢の背景の一つに、桑田はこんな危機感を持っていたことを明かしている。

— ところで、カラオケで今も、サザンのヒットナンバー、「いとしのエリー」などが、根強い人気で、中年のオジサンまで歌っちゃう、みたいなことって、当の桑田さんはどんなふうに受け止めてます?
桑田「サザンの大衆性(ポピュラリティ)ということでは喜ぶべきことなんですけど、ここまでなっちゃうと、ある種の危機感ていうか、“若い人間ついてこないのか”みたいなものを感じますね。たとえば、この前の夏、横浜球場でのコンサートでも最後“Oh!クラウディア”なんか歌って、わーっと盛り上がるんだけど、僕らの年代だけが持ちうる共通意識っていうか、その域を超えていないっていうのはあるんですよね。」
— それ以上のものを求めたい、と。
「うん、やっぱり……。僕らの同世代感覚で共有できるだけだと、もっと若い世代、例えば、高校生、大学生になると、話ができなくなってくる。サザンの今の曲を、高校生が学園祭でコピーしてるかっていうと、やってないんじゃないか、それに対する危機感はありますね。
(略)
だから、同世代が受け入れてくれるというありがたさとはまた別にね、常に若い人、この言い方がジジくさいんだけど、(笑)若者にベクトル向けてないとマズイと思うんです。
(略)
今年の活動なんかにしても、ビデオシングル作りました、映画作りましたとか、表面(うわべ)でとらえると、なんか文化人くさいじゃないですか。(笑)でも、僕らは文化人を相手にやろうというつもりはいっさいないし、やっぱり曲を演奏してナンボと思っていますから。」
— まだまだバリバリの現役でやる、と。
「もちろん、そう願っています。今回のビデオシングルと映画は、これからのサザンの心意気を示す打ち上げ花火、みたいなものです。」
(『月刊エフ 1989年5月号』主婦の友社、1989)

「サザンも、まあ、去年復活して、横浜球場なんかでライヴやったでしょ。で、何万人って客とみんなで「オー・クラウディア」を歌ってしまうという世界にいよいよきてしまったから。なんか、こう、全日本プロレスみたいになってきちゃって(笑)。ほら、あるじゃない、馬場が16文キックやると、それだけで“おーッ!”ていう世界が。もちろん、それはそれでうれしいんだけど、同時にそういういうパターンだけにおちこんでしまうといかんなって匂いをすごく感じたわけ。
(『SPA! 1989年3月16日号』)

ボク自身もポップスというようなものはいつでもできるといったらおかしいけど、今回はちょっと外したいんです」
— でも、それは、いままでのサザンのイメージを壊すことになる。
「いままでのサザンオールスターズという名前から連想されるものが好きな人は、ちょっととまどいがあるかもしれないね。だけど、そういう旧知のファンに対しては裏切らなくちゃいけないんだろうな」
(『Goro 1989年2月23日号』小学館、1989)

何度も言及される前年「大復活祭」の「Oh!クラウディア」は、ある種の定番、ナツメロ、懐かしいサザンの象徴として語られている。それに対抗するための裏切り、現役感を示そうとしたのが新曲「女神達への情歌」であったといえる。とはいっても一方で、わざわざB面にその「Oh!クラウディア」ライブ・バージョンを収録する、このシングル盤の構成における相変わらずのバランス感覚はなんとも桑田らしい

時は前後して、90年初頭、アルバム『Southern All Stars』リリース時のインタビュー。新作の話もそこそこに、渋谷陽一は当時のサザンの立ち位置について、痛いところを突くような持論を桑田にぶつける。

— で、いよいよサザンでまたツアーをやるわけですけど—俺、横浜球場行って思ったんだけれども、世代の音楽としてのサザンオールスターズってあるねえ、20代の
「ああ、ここんとこ最近ね、この4年ぐらいそういう風潮ありますね。」
— そういうのってどうですか?
「やだよねそんなの」
— 現役のナツメロ・バンドの役割があるみたいな。
「クラシックって言ってくれる?(笑)」
— (笑)失礼しました。
現役のナツメロ・バンドかもしんないけど、やだよね俺は」
— 現役で一番メジャーでありながらナツメロ・バンド的意味合いも持ってるってすごいよね。4年半も休むからいけないんだよ(笑)。
「(笑)この4年半ぐらいでそうなった可能性あるよね」
— その辺ナツメロ・バンドのおじさんとしてはどうですか?
「んー、だからあんまり好きじゃないですよそれは。だって昔の曲を聴かれるっていう、これほど恥ずかしいものはないもん。昔の曲を聴き直されてるとかさ、会った時に『“いとしのエリー”聴きましたよ』とかさ」
— いいじゃない、「ありがとう」って言うんでしょ?
「言わないよォ。ほんっとに興味のない話題ってそういうことよね、『チャコの海岸物語”、うちの父が好きで』なんて」
— いいじゃない。
「良くないよォ。世の中でいっち番興味のない話題ってそれ」
— アハハハ。だけど世間はそういうことにすごく興味があるわけじゃない?
「だからね、俺に言うことじゃないと思うんだけど」
— だって作ったのあなたじゃない?
「作ったけども、ひとつのレコードという形にして届けたんだから、それに対するコメントはもういらないの」
— レイ・チャールズと話すときに最新アルバムについて話す?クインシー・ジョーンズとの曲よかったとか言う?やっぱり昔の曲について話すでしょう。
「いや、俺はそう言うことについて気ィ遣うもん」
— 気ィ遣うけど本当は一番聞きたいんでしょ?(笑)
「ほんとはそう(笑)、ほんとはそうなの、そそそ(笑)」
— (笑)同じじゃないですか。
「俺はだから彼らの気持ちわかってるから。『レイ・チャールズさん、俺、“アイ・ガット・ウーマン”思い出の曲でね』っつったら彼らは顔で笑っていても腹の中は煮え繰り返ってるのわかるからさ(笑)。まあ、レイ・チャールズほど偉大になって仕舞えば煮えくり返んないかもしれないけさあ、俺はセコいからやなんですよ。そういう昔の話は」
(『ロッキング・オン・ジャパン 1990年3月号』ロッキング・オン、1990)

89年7月、ニューアルバム制作真っ只中のサザンは、限定生産のベスト・アルバムをリリースする。『すいか Southern All Stars Special 61 Songs』と題されたこのボックスセットは、サザンのデビューから「みんなのうた」までを年代順にCD4枚またはカセット4本に収めた、88年までのサザンのアンソロジー的なベスト盤であった。CDは税込10,000円、カセットは税込8,000円と高額商品であったが、発売前の段階で予約が内々の予定プレス数を上回ってしまったという。予約数に間に合わせるため、国内生産では間に合わず急遽米国で追加プレスを行ったのか、CDは1セットの中でも日本プレスとUSプレスの盤が混在している。


ニューアルバムのレコーディングの最中、先行シングルが2枚出た段階でこのようなベスト盤が出た背景はというと、アルバムが89年夏には間に合わない・しかし夏に何かサザンの新作を出したい…というのが最大の理由であろうことは想像に難くない。さらに、ベスト盤という発想は、88年の旧譜シングルの一括3インチCD化が念頭にあったはずだ。「みんなのうた」と同時にリリースされた23枚のCD一括リイシューでは、10数枚がオリコンシングルチャート100位以内にランクインしている(『FMレコパル 1989年2月20日号』小学館、1989)まだまだサザンの旧譜には十分な経済効果が期待できる、という思惑が、レコード会社・事務所の両社にはあったことだろう。そういえば、6月公開の「彼女が水着にきがえたら」でもサザンの旧譜が使われたばかりであった。

— その割には『すいか』なんていうとんでもないレコード出したじゃないですか。
「あれは俺知らないところで……説明して説明して」
マネージャー「あれはビクターの企画モンっていう世界で」
— で、結局OKしたんでしょ?
「だからぁ……ああいう企画が最初からあったわけではなくて、ね?何か出したいっていう企画があって、ああいうのは一切やめようって話しになってたんだけど、結局—とにかく出したい動機があるじゃない。色々と思惑があるじゃない。その思惑はわかるけどもアーティスティックじゃないからやっぱりやだという戦いもあるんですよ。で、一緒に働いたものとしてはやっぱりね、ボーナスも欲しいだろう、これだけ言ってくるからにはやっぱり、よしわかった最後には信頼しなくちゃいけないっていうね。そういう微妙なねえ……んー、まさにスイカなんですサザンは。あの『すいか』のレコードじゃないけど、ま・さ・に・いろんな人間の思惑とか信頼関係とか、それから色んなのがあるんですよォ」
— だけど1万円もする高価な商品があんなにバカみたいに売れると思いました?
「んー、まあねえ、売れましたけどねぇ」
— やっぱり現役のナツメロ・バンドなんですかね。
「そうそうそう。まさに現役のナツメロ・バンドなんだよ、あの『すいか』の時点までは。だからそういうことはしたくなかったわけ俺は。でも、やっぱり色んな思惑とかね、ノヴェルティとかそういうものをどっかで手放さなくちゃいけないというね、新譜が出てない分……辛いっスねえ」
— だけどそういうヤクザな商売っていいと思いません?逆に。何かポップ・ビジネスやってるっていうダイナミックさがあると思いません?
「思います思います」
— そういうことをも楽しめる余裕というか、キャパシティっていうのは……。
「いや、楽しめないけどさ俺は。『すいか』に関しては別に」
— そこかサザンオールスターズの大衆性を支えていると思うんですけどね。
「んー、そうかもしんないけど……まっ『すいか』はね、あれはあれだけのもんですからね、ほんとに。スイカじゃないけど置いときゃ腐るもんでしかないでしょ?もうあれは腐ってしまってますよ」
— いや、今年ビクターは『めろん』出すっつってましたよ。
「キャーッ」
— 今度は四枚組だっつう話だよ(笑)。
キャーッ(笑)。もう当分ないでしょう。やっぱり現役としてのレコードが出てなかったっていうのが一番大きかったんじゃないの?こっちの弱みとしても。それはやですよやっぱり」
(『ロッキング・オン・ジャパン 1990年3月号』)

『すいか』現象が発生していた89年夏、それを横目にサザンはスタジオで「現役としてのレコード」制作の真っ只中であった。そんな新作はどのような内容になったのか、次回、詳細を見ていこう。